毎日新聞のコラム「今週の本棚・なつかしい一冊」に柚木麻子・選 『ハイジ』=J・シュピーリ作、矢川澄子・訳(福音館書店)が取り上げられている(11月14日付け)。
大人になって一番良かったことは、小さな頃、活字で読んで「これはなんだろう?」と不思議に思っていた食べ物を味わえることだ。ザリガニもプディングもオートミールも初めて食べた時は感動した。そんな中、今もなかなかチャンスに恵まれないのは「若草物語」のライムの塩漬けと「ハイジ」のヤギのミルクである。
「ハイジ」は小学校低学年の頃、のめり込んだ一冊だ。舞台はアルプスで、私が好きな寄宿舎やパフスリーブやお茶会は登場しない。一番気にしている食描写もほぼパン、ヤギのミルク、チーズのみ。でも、他の児童文学と決定的な違いがあった。それは、クララの家でロッテンマイヤーさんから授業を受けるようになるまで、ハイジが誰からも叱られないところだ。「長くつ下のピッピ」の主人公も同じく叱られないキャラクターだけれど、彼女は経済的に自立しているので、例外とする。(後略)
私が子供の頃飲んでいたのはそのヤギのミルクだった。祖父が孫たちにミルクを飲ませるためにヤギを飼っていた。そのヤギをもらいに祖父に連れられて遠い農家へ行ったことをおぼろに覚えている。祖父は幼い孫を連れて散歩するときなどにしばしば政治的な話をした。たぶん私以外にそんなことを話す相手がいなかったのだろう。小学校低学年で私は歴代首相の名前とその大まかな(不)業績を知っていた。
祖父はヤギのエサとするために家の周りにニセアカシアを植えた。山羊はニセアカシアの葉を好んで食べたが、一方ニセアカシアの繁殖力は半端ではなかった。家の周囲の石垣などにどんどんはびこって行った。それを刈り取るのも大変だった。
ある時ヤギが死んだ。病気だったのだろうか。祖父が解体したが、母がこれは違法だから人に言うなと口止めした。山羊のミルクが飲めなくなったので、隣の農家から牛のミルクを頒けてもらうことにした。初めて牛のミルクを飲んだ時のことは60年以上前だというのにまだ憶えている。この水っぽいミルクは何だ! というものだった。
しかし、以来ヤギのミルクは飲んでいない。
今年もバレンタインのチョコをくれたのは娘だけだった。ホワイトデイのお返しにヤギのチーズとヒツジのチーズを選んで喜ばれた。