先崎学『将棋指しの腹のうち』(文藝春秋)を読む。以前、先崎の『小博打のススメ』を読んでから先崎の文章のファンになった。将棋のことはよく分からないが、先崎は名文家であり、またハチャメチャなキャラクターなのだ。
先崎学は12歳で麻雀を覚えたという。13歳で雀荘にデビューし、それからはお決りの麻雀ザルで連日連夜麻雀を打った。気っ風のよいオバチャンの店で「ビール」というと、「アンタ、高校生でしょ、駄目よ」というオバチャンに先崎は正直にいった。「いや、実は中学生なんです」。オバチャンはポカーンとして、黙って先崎にビールをついだ。「もう知らない。アンタ勝手にやりなさいよ」。
本書では将棋連盟のある千駄ヶ谷駅周辺での飲食店でのエピソードを書いている。同僚、後輩、先輩らと飲み食いした話に限って7軒の店を取り上げ、その店を舞台にした面白おかしい話を紹介している。面白い話だからどうしても仲間の失敗談が多くなる。それなのに多分書かれた棋士たちから激しく怒られることはないだろうと思えるのは、先崎の文章の力と先崎の人柄から想像がつく。
これから書くことは、今は素敵な大人になり、しっかりとした母親になった千葉涼子(女流4段、女流王将2期)にとって、恥ずかしいことなのかもしれない。もしかしたら私の事をひとの失敗を覚えている嫌な先輩と思うかもしれない。だが、私はたくさん将棋指しについてエッセイを書いてきたが、好きな人間の名前しか出したことがない。そして千駄ヶ谷の店を中心に、棋士のことを書くという本書の性質上、これを書かないわけにはいかないだろう。
――と、ここまでアリバイを作ればいいだろう。とにかく4人は、アホみたいに芋焼酎を流し込むと、べろんべろんの状態で、きばいやんせ(霧島酒造直営店の飲み屋)を出て、すぐそばの居酒屋へ入った。(後略)
先崎学の文章は芸なのだ。