山本弘の作品解説(98)「幼」

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 山本弘「幼」、油彩、F12号(60.6cm×50.0cm)

 1978年制作、48歳のときのほとんど最晩年の作品。最後に到達した境地と言えるだろう。

 実はキャンバスが貼られている木枠が割れていてキャンバスが歪んでいた。そのためまだ一度もじっくり見たことがなかったし、東京で展示したこともなかった。今度文房堂で木枠を新しくしてキャンバスを貼り変えてもらった。初めてきちんと見てこんなに良い作品だったのかと驚いた。

 タイトルの「幼」は幼児の意だろう。中央に幼児が描かれており、幼児は白く太いハロー(光輪)のようなものに包まれている。あたかも天使が出現したかのようだ。山本は信仰者ではなかった。無神論に近かったかもしれない。親しい友人に曹洞宗渕静寺住職小原泫祐がいて、山本の生前に戒名を与えてくれた。リアリズム美術家集団機関誌『リア美』第2号(1968年11月発行)に小原が会員の戒名を発表しているが、わが山本弘は酔月院彩管鏤骨居士というものだった。山本もこれに反発したとは聞かなかったから受け入れたのだろう。すると消極的な仏教徒だったとは言えるだろう。

 と、これだけ前置きして言えば、私はこれこそ天使降臨だと思う。その光輪の見事さから素晴らしい天使に相違ない。右下隅の「弘」のサインさえ白色の絵具で書かれ、光輪に加わっている。ほとんど全面的な至福を表している。ほんの少しクレーの天使を連想した。アル中に苦しみ作品が評価されることもなく健全な飯田市民からは後ろ指を指され続けた山本が、最晩年にこんな至福感溢れる作品を描いていることに私は感極まってしまう。

 針生一郎さんが山本は象徴派だねと言われたことが納得できる。

 さらに造形的にも素晴らしい。得意な白を大胆に塗って、天使とか光輪とかの意味を捨象したとしても作品の完成度は高い。見事な造形を示している。あなたはやはり天才だ。