公団住宅の「スターハウス」が保存される

 今日の朝日新聞の夕刊に「後世へ伝える集合住宅の星」という記事が載っていた(7月25日)。小見出しが「赤羽台団地のスターハウス(東京都北区)」とあり、大きな写真も載っている。

f:id:mmpolo:20200725191017j:plain

 記事によると、

 都市部の勤労世帯に向け、旧・日本住宅公団(現在の都市再生機構)が1950年代から整備を進めた「公団住宅」。ステンレス製の流し台や水洗トイレなど、当時の先端設備が備えられた「団地」は、高度経済成長期を象徴するあこがれの住まいだった。

 

 花形はスターハウス。1フロアあたり3戸が3方向に拡がるように配置された、特別な建物だ。素っ気ない長方形の「板状住棟」が並ぶ団地のなかで、景観にアクセントを与える狙いなどから配置され、人気が高かった。

 

  東京23区内で初の大規模団地として62年に誕生した北区の赤羽台団地。老朽化に伴い高層の「ヌーヴェル赤羽台」として建て替えが進むが、3棟のスターハウスと1棟の板状住棟が保存されるという。

f:id:mmpolo:20200725191035j:plain

 スターハウスと聞けば、8年前に読んだ原武史『レッドアローとスターハウス』(新潮社)を思い出す。スターハウスってこんな形をしていたんだ。そのレビューを再録する。

  • ・ ・

 原武史『レッドアローとスターハウス』(新潮社)を読む。副題が「もうひとつの戦後史」で、日本政治思想史学者原武史が、西武の特急レッドアロー=西武鉄道沿線、平面プランがY字型の賃貸住宅スターハウス=公団住宅を舞台に選んで、小さな世界の戦後政治思想を分析している。西武鉄道沿線の公団住宅団地の住民の政治意識は戦後どのような展開をたどったか、という。これは西武線沿線の公団住宅に住んだ小学生時代の、過剰な集団教育の苦しかった経験を詳述した前著『滝山コミューン1974』(講談社文庫)の延長上の著作になり、また同時期に出版した『団地の空間政治学』(NHKブックス)の姉妹編でもある。東急沿線の大規模な開発と宅地分譲を行った五島慶太に対して、西武の堤康次郎は沿線の宅地開発に興味を示さず、代わりに住宅公団が賃貸を中心の大型の団地を次々に造っていった。その団地住民は住環境の不備を改善させるため自治会を作って自治体や西武鉄道に働きかけ、そのため団地住民の間に革新政党、とくに共産党の支持者が増えていった。

 原が「おわりに」で書いている。

 

 たまプラーザは東急田園都市線の沿線にあり、多摩田園都市の中核として東急が計画した街である。駅ができたのは66年4月で、中央線や西武線の駅に比べるとずっと新しい。このため、両線にとっての60年安保闘争のような、沿線住民の共通体験を持っていない。

 東急は、集合住宅の建設を制限しつつ、長い時間をかけて丘陵地帯をゆっくりと開発し、アッパーミドルの住む一戸建主体の郊外を沿線に作ってきた。総戸数を1,300戸以下におさえた公団のたまプラーザ団地ですら3DK以上の全戸分譲で、当初は自治会もなかった。はじめから東急沿線に住みたい人が住んでいるため、私鉄会社や自治体と敵対関係になりづらいという特徴がある。中央線沿線ほど地域自治が活発でなく、政治意識は新保守主義的で、76年以降、自民党から分かれた新自由クラブの地盤となる。三浦展は、「1980年代の田園都市線沿線およびその周辺地域は、『金妻』の街として、つまりアメリカ的な郊外中流生活をいち早く実現した、非常に生活満足度の高い理想の郊外としての地位を確立しつつあった」(『団塊世代の戦後史』、文春文庫、2007年)と述べている。現在では、みんなの党の地盤となっている。

 一方、本書が考察の対象とした西武沿線のひばりが丘団地や滝山団地では、自治会の活動が非常に活発であったが、住民の不満は地元自治体よりもむしろ、西武鉄道や公団、そして自民党政府へと向かった。60年安保闘争に見られたように、中央線沿線と共振する政治風土を有しつつも、社会主義イデオロギーの根強さを、ここに見いだすことができる。団地の黄金時代を過ぎても、住民が変わらぬ思想をずっともち続けたのである。こうした東京西部の違いは、トクヴィルが『アメリカのデモクラシー』で描くマサチューセッツ州ニューヨーク州、あるいはペンシルベニア州の違いに匹敵するであろう。

 

 本書を読みながら、微気象という概念を思い出した。農業や生物に影響を与える地表2mくらいまでの気象を扱う学問だ。本書も西武線沿線の公団住宅の住民の政治思想を扱っている。それは正に地を這うような政治思想の分析で、基本的なデータとして大事な研究だろう。原は、日本政治思想史学者として、『大正天皇』『昭和天皇』というミクロではない著書もある。鉄道オタクでもあるようだ。『〈出雲〉という思想』(講談社学術文庫)は大変おもしろかった。埼玉県に広く分布している氷川神社の分析は白眉とも言えるものだった。優れた思想史家である。

       ・