島泰三『ヒト、犬に会う』を読む

 島泰三『ヒト、犬に会う』(講談社選書メチエ)を読む。副題が「言葉と論理の始原へ」で、タイトルとそぐわない。実は本書は言葉の発生を追求している。ヒトは犬との共生によって言葉を得たという驚くべき仮説を論証するのだ。
 全体の20%を占める第1章が「犬への進化」と題する章で、オオカミから犬への進化が辿られる。ここらあたりけっこうややこしい話が続く。しかしそのややこしい70ページ分を読み進められるのは、序章「イノシシ猟の衝撃」というわずか8ページのイントロの面白さだ。イノシシ猟の名人に誘われて、著者は命がけの戦いに同行する。その迫真的な体験談が強烈で、途中うっとうしい描写が続こうと最後まで読み続けようという気にさせられる。文章のうまい人なのだ。
 同種の動物同士なら言葉がなくても身振りや声の調子などで意思の疎通ができる。それが異種の動物同士ではそれだけでは伝わらないと島は書く。ヒトは強い動物ではなかったので狩猟に際して決して有利ではなかった。オオカミから進化した犬もオオカミなどに比べて不利な地位を占めていた。はじめヒトの集落の近くで残飯などを漁っていた犬がヒトになついた。ヒトと犬が一緒に狩りをするときなど、意思の疎通のため、ヒトに言葉が生まれた。犬がそれを理解し、2種の動物は共生することで、ヒトは脳容量を10%減らし、犬は脳容量を20%減らした。犬のおかげでヒトは人になった。犬とオオカミの大きな違いは犬がデンプンを消化できることで、人と共生できるようになった。
 本書には犬に関する興味深いエピソードが数多く紹介されている。地下鉄を利用してエサを漁りに行くロシアの野良犬とか、江戸時代お伊勢参りをした犬たちのこととか。北極圏で犬が救った郵便配達夫のこととか、南極点到達を目指したアムンセンが成功し、スコットが遭難した理由。アムンセンは116頭の犬を集めて行ったが、スコットは雪上車3台と馬橇(馬19頭)、犬橇(犬33頭)だった。雪上車は1週間足らずで故障し、馬も寒さと疲労とエサ不足で立て続けに死亡した。アムンセンは最後に犬18頭を橇の動力とし、残りを食料とした。スコット隊は全員死亡した。
 ヒトが犬と共生することで言葉を得たなどと、ほとんど半信半疑で読み始めたが、最後にかなり説得されている自分がいた。本当かもしれないと思い始めた。
 著者の本は昔『藻後の力』(中公新書)を詠んだことがあったが、あれも面白かった。

 

 

ヒト、犬に会う 言葉と論理の始原へ (講談社選書メチエ)

ヒト、犬に会う 言葉と論理の始原へ (講談社選書メチエ)

  • 作者:島 泰三
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)