「空有」という思想

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 東京墨田区立花一丁目1番地に吾嬬神社がある。祭神は弟橘姫、ヤマトタケルの妃だ。ヤマトタケル浦賀水道を船で横断するとき嵐で船が難破しそうになった。弟橘姫が海に身を投げて海神の怒りを鎮め無事ヤマトタケルが岸に着いたという。その後流れ着いた弟橘姫の櫛を祀って神社を建てた。吾嬬神社の名は、関東を平定して都へ帰るヤマトタケルが山梨の峠から東を振り返って弟橘姫を偲び、吾嬬はや(ああわが妻よ)と叫んだことによるとされている。それで関東をあずまと呼ぶことになった。江戸時代まで墨田区立花は吾嬬村と呼ばれていた。
 そのようないわれを持つ吾嬬神社はかつては大きな社域を持つ神社だったのだろうが、今では常駐の神主もいない寂れた小さな神社になってしまっている。おそらく関東で最も古い神社の一つだろうが、もう誰もそんなことは忘れてしまっている。

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 その吾嬬神社に接して駐車場がある。その駐車場の一角に不思議なプレートがブロック塀に止められている。そこには「空有」と書かれている。単純に考えればこれは駐車スペースに空きがありますとの意味だろう。しかし別の考え方もある。神社に突き刺さるように作られた駐車場の一角にあることを勘案すれば、あるいはこれは仏教からの日本の神社信仰への鋭い批判かもしれない。そう考えたのは、ツルティム・ケサンと正木晃の『チベット密教』(ちくま学芸文庫)を読んだからだ。1500年におよぶチベット仏教史上最も後世に影響力を持ったのが14世紀のツォンカパだった。ツォンカパは顕教密教に通じていた。そのツォンカパの「空論」理解の特徴が紹介されている。

 森羅万象が存在するのは、森羅が空、つまり実体を持たないがゆえである。しかも、森羅万象は空、つまり実体をもたないがゆえに、無ではない(存在しないのではない)。したがって、空性は、因(原因)でもあれば、果(結果)でもある。こう、ツォンカパは考えるのである。
 もう少しかみくだいて、ご説明しよう。まず、この世の森羅万象はつねに変転して止まない。このことは、現実を観察してみれば、容易に理解できるはずだ。とすれば、森羅万象が存在するのは、森羅万象が実体をもたないがゆえに、縁起によって集合離散し、いま述べたような存在の様態を形成するからである。
 この見解に立つことによって、ツォンカパは、実体論を切って捨て、返す刀で虚無論をも切り捨てる。それは、実在しない事物に執着して道をあやまる人々を正しい道にみちびく方途であり、同時に底なしのニヒリズムに人々が落ち込むことを回避する方途でもあった。

 この考えを知れば、駐車場の壁に貼られている「空有」の文字が、ツォンカパの「空論」を表していると考えることがさほど荒唐無稽ではないことが納得できるだろう。
 なお、関東をあずまと呼ぶのはヤマトタケルの故事によるとされているのが、後付けの地名説話で、地名説話というのは最初に地名があり、それを後付けで説明している、いわばこじつけなのだ。

 

チベット密教 (ちくま学芸文庫)

チベット密教 (ちくま学芸文庫)