井田太郎『酒井抱一』を読む

 井田太郎『酒井抱一』(岩波新書)を読む。これがとても面白かった。井田は日本文学研究者、そのためもあって抱一の俳句の研究に前半を費やす。 抱一は姫路藩の酒井雅樂頭家の次男に生まれた。兄が家督を継いで藩主となり、次いでその息子、またその弟が姫路藩主をつとめた。抱一は次第に藩の中心から周辺に押しやられていき、37歳で出家する。おそらく出家させられたのだろうと。藩の財政は厳しく、俳諧や絵画に熱中して武士の本分を逸脱していた抱一に分家させるような余裕はなかった。
 抱一は芭蕉の弟子だった其角の俳句に傾倒する。その俳句の傾向などから抱一の絵が生まれたと説いている。個々の絵画作品を分析して、抱一を紹介してくれる。代表作の夏秋草図屏風に至るまでの抱一の研鑚ぶりを語る。
 井田はしばしば玉蟲敏子の研究を参照する。玉蟲といえば、『もっと知りたい酒井抱一』(東京美術)が名著だった。彼女は静嘉堂文庫の主任学芸員をつとめ、現在は武蔵野美術大学で教えているらしい。この本は「夏秋草図屏風」の詳細な分析からなっていて、とても多くのことを教えられた。井田も巻末で「玉蟲敏子先生に深く鳴謝する」って書いている。(この「鳴謝」って言葉初めて知った)。
 抱一に関するとても優れた紹介書だと、抱一に関心のある人達に広く勧めたい。玉蟲の本も併せてぜひ。

 

※追記

 朝日新聞の俳句時評のコラム、青木亮人「歴史性と現在」より一部引用する(10月27日付)。

井田太郎(46)の『酒井抱一』(9月、岩波新書)も刺激的な良書だ。江戸後期に大名家の粋人として名を馳せた抱一を論じた労作で、琳派の画業と其角流俳諧を両手に携えた文化人の作品を昧読する。抱一句は其角の「古句と積極的に唱和し、類似させ、重ねつつ」詠むため、独自の個性を是とする近代俳句観では低評価だった。井田は江戸後期の芸術観を丹念に復元しつつ、抱一の画俳にまたがる文雅の豊穣さを綴る。そこには近現代俳句が当然と信じる価値観と異なるディレッタントの世界が広がっているのだ。

 

酒井抱一 俳諧と絵画の織りなす抒情 (岩波新書)

酒井抱一 俳諧と絵画の織りなす抒情 (岩波新書)

 

 

 

もっと知りたい酒井抱一―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

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