大町文衛『日本昆虫記』を読む

 大町文衛『日本昆虫記』(角川ソフィア文庫)を読む。大町文衛は大町桂月の次男の由。本書は元は大阪朝日新聞昭和16年に連載されたもの。戦後角川文庫に収録されるにあたり少し手を加えているという。しかしながら昆虫学の進展は甚だしく、本書が古びているのは否めない。それでも興味深いところも多々あった。
 交尾に際してカマキリの雌が雄を食うという話について、

……私がずっと前にカマキリの雌雄を捕まえて、一つの箱の中に入れて見たことがある。しばらくたってそのガラスの上から覗いてみると、こはいかに雄は頭も食われ、長い前胸も大半食われているではないか。これはしまったと思ったが、そのままにしておいたところ、次に来て見たら、その頭のない雄が雌とつながっているのには、あまりの不思議さに、びっくりして声を出すところであった。その後野外でも、首無し雄の交尾しているのを見たことがあるが、頭などは不要なのであろう。
 しかしこの芝居の最後は更に悲惨であった。数時間たって見たとき、こんどはまたいかなることか、その雄は雌の両脚の鎌にしっかとかかえられて、ムシャムシャ食われている最中であった。鬼婆といえどもかかる残虐なことはすまいと思う。ただこれは自然の経済というべきか、用のなくなった雄は雌の腹中に入って、卵を発育させる養分となり、満足な往生を遂げているのであろう。カマキリは頭を食われると交尾本能が起きるという説を立てた学者もいる。私は虫の雄に生まれて来なくてよかったと思ったが、しかし、人間の父親も似たような負担はもっているのかも知れない。

 カマキリが交尾に際して雌が雄を食うことに過剰な思い入れをする必要はない。そのような習性、本能ならそれは受け入れられるだろう。また交尾が必ずしも快感を伴っているとも限るまい。虫と人は違うのだ。人は必要以上に個の尊厳を主張したがっているのではないか。そんなことをふと考えたのだった。

 

 

 

日本昆虫記 (角川ソフィア文庫)

日本昆虫記 (角川ソフィア文庫)