須藤斎『海と陸をつなぐ進化論』を読む

 須藤斎『海と陸をつなぐ進化論』(ブルーバックス)を読む。題名の進化論に惹かれて読んだのだが、海の植物プランクトンの話だった。まったく知らない世界でそれはそれとして面白かったが、植物プランクトンの一種珪藻類の歴史が延々とつづられる。たいていの読者には珪藻の知識などないだろうから、須藤は植物プランクトン~動物プランクトン、それらの捕食者である小型の生物~大型魚類や鯨などの食物連鎖について丁寧に説明しなければならない。
 海中では植物プランクトンの珪藻・円石藻・渦鞭毛藻などが光合成を行って体内にタンパク質や炭水化物を蓄える。それをミジンコやカイアシなどの動物プランクトンが食べ、その動物プランクトンをニシンやサバの幼魚やイワシなどの小魚が食べて育つ。これらの小魚は、カツオやマグロなどの大型の魚類やクジラ類、さらにはペンギンやオットセイなどのエサになる。これらの生物もまたシャチやホッキョクグマなどによって食べられる。
 須藤はこの植物プランクトンの中でも珪藻を研究している。珪藻などは水中の鉄や栄養塩の多寡によって増減する。
 須藤は日本各地や、やがては世界各地の海底を掘削した堆積物を分析し、その中から珪藻の化石を求めて研究する。毎日何時間も顕微鏡を観察する地味な仕事だ。そして、ある時代に珪藻化石が急激に増加していることに気づく。約3390万年前の始新世と漸新世の境界付近かそれ以降だった。さらに約850万年前と約250万年前にも大量の珪藻化石が増大していることを発見した。
 始新世と漸新世の境界で急激な寒冷化が起こり、それに伴って植物プランクトンの渦鞭毛藻類や円石藻類から珪藻類へ主役が交代した。珪藻類の増加によってそれを食べる動物プランクトンも増加した。それが魚類やクジラなどの増加や進化をもたらせたとすれば共進化と言えるのではないかと須藤は研究を進めていく。極小の珪藻と極大の動物クジラの共進化。それはまだ仮説でしかない。
 小さな植物プランクトン珪藻をテーマにした本書は本来きわめて地味な内容にしかならないはずだが、それをここまで面白く読ませるのは須藤の筆力だろう。進化論と題したのはおそらく編集者と営業部の方針なのだろうが、まあ進化論という題名がなかったら私も読まなかったが、なかなか興味深い内容だった。
 ただ数多く挿入されている図版が読みづらく、もう少し単純簡明にしてくれたらよかったのに。