藤井一至『大地の五億年』を読む

 藤井一至『大地の五億年』(ヤマケイ新書)を読む。副題が「せめぎあう土と生き物たち」。藤井は土壌学、生態学の専門家。面白いからって人に勧められて手に取った。
 藤井は世界中の土を研究している。スコップを持って土を掘り、それを分析している。地球が誕生したのは46億年前だけど、土壌が誕生したのは5億年前だった。地球の岩を溶かして土壌に変えたのはコケや地衣類だった。4億年前にシダ植物が繁殖した。それが泥炭層を作り石炭になる。3億年前に裸子植物が主役となった。2億年前のジュラ紀には恐竜がはびこり、針葉樹アロウカリアが広がった。アロウカリアはやがてマツに変わる。マツは外生菌根菌と共生している。それによって植物に不利な環境でも繁栄することがでえきた。1.5億年前に被子植物が誕生した。
 土は植物が栄養を得ることで栄養分を失ってゆき、生育に不利な酸性化していく。土の中の微生物が落葉を分解し、炭素や窒素を体内に集積する。土に栄養を取り戻す。森林では、土が酸性になる現象はあるものの、生態系全体としては養分が失われにくい仕組みがある。ところが畑では収穫物が畑から持ち去られ、植物が吸収したカルシウムやカリウムの分だけ土の栄養分が生態系の外へ失われることになる。土の酸性化が進む。
 水田稲作はその酸性化を回避できている。田んぼに水が張られると土の還元化が進む。土の中のリンが水に溶けやすくなる。稲がリンを吸収する。江戸時代、土の栄養分が持ち出され、土の栄養分が失われた対策に、糞尿が肥料として施された。それが近代になって化学肥料の開発で糞尿の使用はなくなった。しかし著者は化学肥料の原料のうち、窒素以外のリンとカリウムは地下の鉱物がほぼ唯一の供給源だという。そのリンの供給量には限界が見え始めている。
 おやつのポテトチップスや食用油、マーガリン、台所洗剤や石けんには油ヤシから採れるパーム油が使われている。パーム油の輸入元はインドネシアとマレーシアで、この2国で世界の需要のほとんどを賄っている。油ヤシ農園の拡大で熱帯雨林が伐採されている。油ヤシ農園では日本の畑の6倍の窒素肥料がまかれている。土はどんどん酸性になり、河川まで運ばれた窒素は水質汚染富栄養化)を引き起こす。
 日本のパーム油の消費量は増え続け、その分インドネシアやマレーシアの熱帯雨林が油ヤシ農園に変わっている。ブラジルでも熱帯雨林が農地に変わり、トウモロコシとダイズの配合飼料によって肉牛がそだてられている。これがハンバーガーに形を変え、私たちの胃袋に収まる。「熱帯雨林ハンバーガーに化ける」。それと同じことが起こっている。
 土壌の歴史を語って現代の資源問題にまで及んでいる。地味なテーマでありながら根源的な話になっている。すばらしい本だと思った。
 閑話休題
 著者が大学院生時代、熱帯雨林では微生物の分解が活発になるため、落葉層は薄く、茶色い溶存有機物は即座に分解されて、落葉層を通過した水は透明だとの通説があった。インドネシアで調査してみた。ところが想定外の事態が起こる。

 2センチメートルに満たない薄い落葉層を通過した水を集めたボトルには、茶色い水が入っていたのだ。聞いていた話と違う。予想外の結果からは、ピンチとチャンスのにおいがした。先達と異なる結果が出たということは、大発見の可能性もあるが、偶然のいたずらの可能性もある。

 これが以前私が「発見した」合掌の法則を思い出させた。
合掌の法則(2016年5月4日)