野長瀬正夫の詩について

 野長瀬正夫・作、安野光雅・絵『ゆうちゃんと こびと』(フレーベル館)の絵本を読む。安野にしては絵が凡庸だしあまり面白くなかった。もっとも子供はこれを面白がるかもしれないが。野長瀬は詩人で金の星社の編集長だった。
 本書はゆうちゃんという小さな女の子が公園の森に小人を探しに行く。鳥やうさぎやネズミに聞いても誰も答えてくれない。くたびれて寝てしまうと小人たちが出てきて踊りだす。でもゆうちゃんが目を覚ますと小人たちはもうどこにもいなかった。公園の見回りの小父さんからは、小人はもうお家に帰ったよ、だからあんたも早くお帰りよと言われておしまい。
 「あとがき」から、

 私には二人の娘があります。戦時中に生まれた長女には、「早く楽しい平和な時代がくるように」と願って美和と名づけ、終戦直後の、衣食住の問題をめぐって骨肉相食む様相を呈し始めた日本のドン底時代に生まれた二女には、「心の優しい子であれ」と願って優子と名づけました。
 私は二人の娘をモデルにした幾つかの童話を書きましたが、「ゆうちゃんと こびと」は、その作品の一つを絵本化したものです。(後略)

 「ゆうちゃん」は優子ちゃんをモデルにしたものなんだ。
 野長瀬はユーモアたっぷりの詩を書く。野長瀬の詩をいくつか引く。

煩悩無残


もういっしょに寝るのはいやです、
と老妻が言い出したので
「ほならやめとこか」と軽く受け、
二階と下で べつべつに寝ることにした
それから何年かたった
おれはずいぶん修養をつんだつもりであるが
この世の名残りに
せめてもう一ぺんだけ、という気が起った
しかし、おれはこれでも精神派だから
だれとでもいいという訳にはいかない
思案にあまって ある晩、
下の部屋へ降りていったところ
老妻の寝床には 白髪の山姥(やまんば)が
頭だけ出して眠りこけていたので
おれは諦めて そっと引き返した。

老人痴語


ゆうべは大変なことをしてしまった
会社の女の子と寝たのだ
おれは この数年、
その娘の結婚について
真剣に心配していたところだった
それなのに いっしょに寝るなんて
なんという不道徳人間、
なんという助平爺だろう
目がさめて、
「ああ、夢でよかった」と安心したものの
夢で残念、という気もした
この馬鹿め!

 こんな詩を書くから娘から叱られる。「娘とおれ」の一節。

嫁入り先の娘から電話がかかってきた
お父さん、あんまり変な詩は書かないでね、
はずかしいじゃないの
お小遣いがない時は言ってよね、
聞いてるの? 古稀のお祝いに
スーツを買ってあげようと思っているのよ。

 古希のお祝いというから70歳くらいの時の詩か。これらの詩は野長瀬正夫『夕日の老人ブルース』(かど創房)から。
 ユーモア詩人というと土橋治重がいる。土橋の詩も紹介してみたい。
 


夕日の老人ブルース―野長瀬正夫詩集 (1981年)

夕日の老人ブルース―野長瀬正夫詩集 (1981年)