野見山暁治『人はどこまでいけるか』(平凡社)を読む。これは「のこす言葉」という平凡社の新しいシリーズの最初の1冊で、語りおろし自伝シリーズとなっている。著名人に自伝を語ってもらい、それを編集者がまとめているのだろう。同時刊行が俳人の金子兜太で、その後も大林宜彦とか安野光雅、黒沼ユリ子、半藤一利などが予定されている。
野見山さんの本はすべて読んでいるし、講演会も何度も出かけているのでことさら新しい話が書かれている訳ではない。だがその語り口は穏やかで分かりやすく何度も読んだり聴いたりしてみたい。
先日の自由美術協会での講演会の内容とかなりダブっているのは、この本を作ったあとに講演をしたので、むしろ講演会がこちらに引きずられたのだろう。講演会で渡仏したとき60万円用意して行ったと言われたが、本書では60〜70万円だったと書いている。
……60〜70万といえば、当時は家が1軒、土地とともに買える額です。
と言っている。お父さんが大中小の規模で言えば小規模の炭鉱会社を経営していたというが、息子の留学におそらく現在の貨幣価値で1,000〜2,000万円も出してやるなんて半端な経営者ではなかったのだろう。
これは講演会で言われたことだが、フランスへ渡航するために日本政府の許可が下りなかったので、教員の資格があれば可能かと女子美の教員に応募した。ところが野見山さんがまだ若かったので女子学生と問題を起こさないかと心配された。そこですでに結婚していた野見山さんは奥さんの陽子さんを紹介すると教授会の危惧はすぐ晴れた。陽子さんが美人だったからだと講演会の壇上で語っていた。ある画廊主も2番目の奥さんよりきれいだったみたい、って言っていた。
陽子さんはパリへ行ってまもなく癌で亡くなってしまう。その闘病の日々を書いたのが『パリ・キュリイ病院』(筑摩書房)だが、闘病中も彼女の没後も深く苦しんでいた野見山さんだが、ぽつんと自分は女を愛したことがなかった、と書かれていてそれも深く印象に残った。陽子さんは妹の友だちで、だから昔から妹とともに野見山さんのことをお兄ちゃんと呼んでいた。
野見山さんの本はほとんど2回ほど読んでいるが、『パリ・キュリイ病院』は痛ましくて1度しか読んでいない。
野見山暁治 人はどこまでいけるか (のこす言葉 KOKORO BOOKLET)
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