鴻巣友季子『翻訳ってなんだろう?』(ちくまプリマ―新書)を読む。副題が「あの名作を訳してみる」とあり、10冊の英語の小説の一部を実際に訳している。その10冊は、
モンゴメリ『赤毛のアン』
ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』
エミリー・ブロンテ『嵐が丘』
エドガー・アラン・ポー『アッシャー家の崩壊』
サリンジャー『ライ麦畑でつかまえて』
バーナード・ショー『ピグマリオン』
ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』
ジェイン・オースティン『高慢と偏見』
グレアム・グリーン『情事の終り』
マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』
これらの英文の一部を例文として取り上げ、全体の簡単なあらすじを紹介し、鴻巣が教えている翻訳講座での生徒たちの訳例をいくつか示す。どうしてこのような手続きを取っているのか、鴻巣が「あとがき」で描いている。
全10章のなかで、いろいろな「注意点」を挙げてきました。翻訳家はそんなに細かいことを熟考しながら訳しているのか! と驚かれるのですが、ふだん英語を訳すときに、こういったことをじいっと考えているわけではありません。「考えている」という意識もなく、一瞬で判断と選択を行っているのだと思います。だから、わたしひとりでは、とてもこんな本は書けません。
いっしょに翻訳の課題に取り組む生徒のみなさんがいて、訳文をディスカッションして初めて、さまざまな問題点があぶり出されてきます。自分のAという訳文と他者のBという訳文を比較すると、「どうしてわたしはここをAのように訳したんだろう?」という疑問がわいてきます。逆に言えば、「どうしてBのようには訳さなかったんだろう?」と問うことになります。そうして自分のなかで、いわば「翻訳問答」を繰り返すことで、多くの新たな発見をすることができました。
鴻巣は「一瞬で判断と選択を行っている」のか! 確かに日本語だったらそうだよね。
また、翻訳で大事なことは、
じつは翻訳とは、「原文を読む」部分の重要性が8割か、9割ぐらいではないかと、私は思っています。一語一句を訳すには、一語一句を精読し、的確に解釈しなくてはなりません。
という。「つまり、翻訳というのは大部分が「読むこと」であり、精密な読書、あるいは深い読書のこと」だという。
そして例文の分析が鋭いことに驚いた。取り上げられた10冊のうち、グレアム・グリーンの『情事の終り』は特に好きな小説だが、たった1ページの例文をこんなに深く精密に読んでいてただただ驚いた。恐れ入りました。
翻訳の奥深さをじっくり教えてもらいました。とても良い本です。
- 作者: 鴻巣友季子
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2018/06/06
- メディア: 新書
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