山本弘の作品解説(65)「電柱のある一軒家(仮題)」


 山本弘「電柱のある一軒家(仮題)」、油彩、F10号(45.3cm×53.0cm)
 1977年制作。一軒家が描かれている。前に道があるが行き止まりになっているようだ。その右側に電柱が立っている。家は緑の木々に囲まれているようだ。山の中の一軒家なのだろうか。山本は映像記憶に優れていたから昔見た景色もよく覚えていたようだ。東邦画廊で個展をした折り、見に来られた長沼計司さんが展示されていた50号の絵を見て、ああ、これは僕が子どもの頃住んでいた家だと言われた。長沼さんは山本の親友で、山本はしばしば長沼さんのお宅に遊びに行っていたらしい。それを何十年も経ってから再現している。だからこの家も写生的に描いたのではなく、記憶やイメージなのだろう。道が行き止まりになり、そこに樹木に囲まれて一軒家がある。それは山本の姿そのものを暗示しているようではないだろうか。いや、私は作品をあまりに文学的に解釈しているのかもしれない。
 そのことを離れて、ただ造形的に見れば、一見子どもが描いた絵のように単純な印象を受けるが、なかなかどうして空間が立ち上がっているのを確認できるだろう。家に置かれた赤い筆触と電柱が響き合って、背景の木々を表わす青と緑を引き立たせている。
 山本さん、あなたは一人で誰からも理解されないで黙々とこんな絵を描いていたんですね。友人も世間も不詳の弟子もあなたの絵を何も分からなかった。そんな無用の理解など必要としなかったあなたの自恃の強さに圧倒されます。
 山本はこの絵を描いた4年後に亡くなってしまう。