アントニオ・タブッキ『島とクジラと女をめぐる断片』を読む

 アントニオ・タブッキ『島とクジラと女をめぐる断片』(河出文庫)を読む。大西洋に浮かぶアソーレス諸島を舞台にした奇妙な短篇集。アソーレス諸島の住民は捕鯨を主な産業にしていた。本書は島の周辺を回遊する鯨のことや、観光客のこと、島の捕鯨について、また捕鯨に関する法規や島の地図などから成りたっている。捕鯨の具体的な漁の描写はタブッキが並々ならぬ力量を持っていることを示してくれる。女をめぐって事件を起こし長く刑務所に入っていた男のエピソードとか、ストーリーを語る手腕は確かなのに、その他のところではわざと外したりしている。
 須賀敦子が訳者あとがきで書いている。

……隠喩としての断片をかさねることによって全体像を追う。この手法が、私にはかぎりなく好もしかった。難破と、滅びゆくクジラをめぐる断片集。はてしなく人生と文学に近い隠喩をタブッキは発見したのではないか。

 タブッキのあとがきは1頭のクジラが人間を眺めて書いているという体裁を採っている。須賀敦子が、10年近くずっと、この本だけは訳したいと熱望し続けていたと書いている。小さな本で、堀江敏幸のやや長い解説を除けば150ページに足りない。しかも版面を小さく取り、1ページ490字、これは新潮文庫ジョン・ニコルズの『卵を産めない郭公』の608字と比べればやっと8割しかならない。編集者苦心のレイアウトだ。


島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)

島とクジラと女をめぐる断片 (河出文庫)