新国立劇場の『美しい日々』を見た


 松田正隆作の芝居『美しい日々』を新国立劇場で、同劇場演劇研修所第11期生修了公演として見た(2月6日)。演出は宮田慶子。忘れていたが、7年前にも第4期生の修了公演で見ていた。今回見ている間も見終わっても全く覚えていなかった。観劇記をこのブログに書いていたにも関わらずだ。ただ、見た印象は以前とあまり変わらなかった。その昔の記事から、

 松田正隆の「美しい日々」はストーリーがすべて宙ぶらりんで放り出されるのだ。男の高教教師永山健一が一間のアパートで熱を出して寝ている。そこへ去年までの教え子で現在一浪中の女の子が訪ねてくる。次に婚約者で同僚教師鈴木洋子がやってくる。女の子が帰ったあと同僚の男の教師井口時夫がやってきて、婚約者は帰っていく。永山は井口に婚約者がしばらく前からやはり同僚教師と浮気を重ねていると訴える。ただ彼女は自分を選んだから近いうちに結婚をするという。
 アパートの隣室には兄妹が住んでいて、兄は働かず妹の金をあてにしている。しかしようやく見つけた夜間道路工事の交通整理の仕事中にふらふらとアパートへ帰ってきてしまうと妹が若い男を連れ込んでいる。
 別の日に永山がアパートにいると婚約者がやってきて、彼女の浮気相手までやってくる。そして彼女を自分に渡してくれという。もつれた三角関係の結果、永山は婚約者と別れ、東京を引き払って九州に住む弟のところへ身を寄せる。そこへ同僚の教師だった井口が初めてできた彼女をつれてやってくる。その彼女は気分屋でわがままだ。
 井口が東京で永山が住んでいたアパートの隣室の男が死体で発見されたと話す。井口もそのアパートに出入りしていたので取り調べを受けた。永山のところにも警察が調べに来るだろうと軽く言う。
 井口が帰ったあと、永山は弟に置き手紙をしてどこかへ出て行く。名前も変えて隠れて暮らしていくという。
 ざっとこんな話だ。隣室の兄妹はどうなったのか。死体はその兄だったのか。同僚の教師の恋愛はどうなるのか。いったいなぜ永山は刑事を恐れて逃げ出さなければならないのか。犯人は永山だとは思えない進行だったのに。わからないことばかりなのだ。すべてが宙ぶらりんの状態に置かれている気がする。観客は感情の昇華を味わえず、芝居の半ばで投げ出されたような気分の中、幕が下ろされた。

 さすがに理解はもう少し深まった。三角関係にもつれた婚約者と別れ、勤めていた高校も退職して九州の弟のところへ身を寄せている。永山は隣室の男が殺されていて、やがて警察が調べに来るだろうと聞いて、弟に置手紙を残して海に入って自殺するのだ。殺したのは彼だったから。優しそうな兄でもあり教え子にも慕われ、同僚教師にも信頼されていた永山健一がなぜ隣人の見知らぬ男を殺したのか? あまりにも唐突ではないか。永山は一度婚約者につかみかかったことがあった。そのとき、昔も喧嘩した相手を徹底して攻撃した、自分は興奮すると訳が分からなくなるからさっさと出て行けと怒鳴る。これが殺人の伏線だったのだろう。隣人の男が騒いだか何かして、逆上した永山が殺してしまったのに違いない。だとしたら、伏線として弱いし、その後の永山の描き方が良い人すぎると思う。台本に決定的な弱みがあって、それが演出でもフォローできていなかったのではないか。