今井信吾『宿題の絵日記』を読む

 今井信吾『宿題の絵日記』(リトルモア)を読む。今井は多摩美術大学名誉教授。二人目の娘が強度の難聴だった。住んでいるところに近い私立日本聾話学校に通わせた。ここは手話を使わずことばを話す教育をしていた。聾話学校ではそのころ補聴器の力を借りて、残存聴力を活かして、ひたすら聞く力を身につける指導に重点が置かれていた。娘=麗(うらら)は独特の読唇術を身につけていく。

 小学校のころ、テレビで野球をやっていた。長嶋監督が自分のチームのピッチャーの調子が悪いのを見て、「ヤバイヨ、ヤバイヨ!」とつぶやいていたのを、麗は読み取ったという。次の瞬間、ピッチャーはホームランを打たれた。

 学校では、授業で日々の出来事を子どもと先生が会話するための補助にと絵日記の提出を宿題に出された。本来は母親または子ども本人が描くはずだったが、父親今井が画家だったせいで、自然に父親が描くことになった。それが4年間続き、30年以上経って出版されることになった。今では主人公の麗は結婚して3児の母であり、新進画家となっているという。「もと妻は、いまパリで暮らしている。娘たちはときどき近況を知らせたりしているようだが、大げんかもよく発生しているらしい」とある。今井先生バツイチか。ちょっと親近感が・・・。
 内容はすばらしいとひと言で表せる。まさしく日々の出来事を素早くボールペンで写し取り、ほんの短い文章が付されている。もちろん将来出版されるなどということは微塵も考えていなくて、娘の成長のためだけに描かれている。日々のことに集中していて、総括めいたことはどこにも書かれていない。全編が通しになっていて、章立てもないし小見出しもない。おまけにノンブル(ページ数)もない。Amazonのデータで336ページと知った。


6月14日
うららはこのところ絵をかくのがすきになりました。
きょうはパパとお姉ちゃまにぬりえのかたちをかいてもらって、うららが色をぬりました。
はじめチューリップの葉をオレンジ、花を青でぬってパパをびっくりさせました。
うららが自分で描くぎっしりうずめていくような図柄の絵をパパは気に入っています。

 雑誌『美術手帖』の付録に「ART NAVI」がある。いまその表紙を今井麗が描いている。あの小さな女の子がこんな立派な画家になったのだ! そういえば、私の娘の友だちも強度の難聴だったが、国府台にある筑波大学付属の聾学校に行って、その後薬学部を卒業していまでは薬剤師になっていると聞いた。本書を読んで娘が小さかったときのことを思い出した。子育てってみんな大変だったね。そしてみんなちゃんと育って行くんだね。
 下の画像は今井麗が描く「ART NAVI」の表紙。



※銀座のうしお画廊でも取り扱っているみたい。

宿題の絵日記帳

宿題の絵日記帳