ボルヘス『語るボルヘス』を読む

 ボルヘス『語るボルヘス』(岩波文庫)を読む。ボルヘスが1978年にブエノスアイレスベルグラーノ大学で行った5回の講演を収めたもの。正確には5月24日から6月23日まで、ほぼ1カ月間に行った講演で、極めて密度が高く驚いてしまう。5回のテーマは、「書物」「不死性」「エマヌエル・スヴェーデンボリ」「探偵小説」「時間」というもの。
 いずれも古今の幅広い文献を網羅して、ほとんど哲学的なレベルまで達している。不死について、まずウィリアム・ジェームズが自分にとって不滅性は取るに足りないもの、哲学より詩にふさわしいテーマだと言っていることを紹介し、ついでプラトンの『パイドン』からソクラテスが死の直前に交わした対話を引いている。ソクラテスは、魂は肉体から解き放たれてはじめて思索に打ち込むことができるようになると推論しているという。そしてロック、バークリー、ヒュームが語られ、フェヒナーの意識の不滅性が紹介される。タキトゥスゲーテも同じように偉大な魂たちは肉体とともに消滅することはないと書いているという。続いて、ジョン・ダンルクレティウスユゴー、そしてショーペンハウエルバーナード・ショーベルグソンらが呼び出され、不死性へのさまざまな意見が紹介される。1つの講演は文庫本で30ページ前後だ。この短い講演で目くるめくような議論が展開される。この講演の最後は次のように結ばれる。

 最後に、私は不死を信じていると申し上げておきます。むろん個人のそれではなく、宇宙的な広がりをもつ広大無辺の不死です。われわれはこれからも不死であり続けるでしょう。われわれの記憶を越えて、われわれの行動、われわれの行為、われわれの態度物腰、世界史の驚くべき一片は残るでしょう。しかし、われわれはそのことを知らないでしょうし、知らない方がいいのです。

 スヴェーデンボリはスウェーデン神秘主義者。「探偵小説」の講演もおもしろい。「時間」が一番哲学的だ。解説を入れてもわずか150ページ足らずの小さな本だ。また読み返すべきだろう。