橋本治『これで古典がよくわかる』を読んで

 以前読んだ橋本治橋爪大三郎『だめだし日本語論』(太田出版)につぎのようにあった。

橋本  橋爪さんからも『これで古典がよくわかる』(ちくま文庫)について大学で講演をしてほしいとご依頼をいただいたことがあります。時間が合わずそれきりになってしまいましたが、私としては、『これで古典がよくわかる』はあまりにも当たり前の話をしているだけだから、学生相手に講演というのは何を話したらいいのだろうかと悩みました。
橋爪  いや、「当たり前」なんかじゃないですよ。明治以来の国文学の伝統をまるごと相手に、ケンカを売っているような、とてつもない仮説だと思います。しかも、言われてみればそのとおり、というところがなおすごい。国文学者全員に、お前らバカだ! と言っているのに等しい。

 では、とそれを読んでみた。これがおもしろかった。橋本治は「桃尻娘シリーズ」という傑作小説の連作を書いている。連作のどれもムチャクチャ面白かった。その後『枕草子』や『源氏物語』の現代語訳をしていたが、こちらには興味を持たなかった。それがわが尊敬する社会学橋爪大三郎が古典に関して橋本治に教えを乞うていることを知って、本書を手に取ってみた。期待以上だった。
 橋本はこんなことを言っている。奈良時代にも平安時代にも、まだ普通に読める”漢字とひらがなが一緒になった文章”は存在しない、と。漢字とひらがなが一緒になった「和漢混淆文」という「普通の文章」は鎌倉時代にならないと登場しない。『源氏物語』も『枕草子』もひらがなだけの文章だった。漢字だけの文章、漢文は公式文書で男のものだった。
 鎌倉時代の終わりになって「漢字+ひらがな」という普通の日本語の文章が登場する。兼好法師の『徒然草』や『平家物語』だ。鎌倉時代は日本文化の転換期だった。源頼朝は女好きでそのために死んだ。後を継いだ頼家は乱暴で嫁が悪かった。北条政権を歪めようとするから母親の北条政子が出てきて頼家は暗殺されてしまった。それで弟の実朝が将軍になった。実朝は和歌を詠む将軍で都かぶれのおたく青年だった。その実朝の和歌が分析される。実朝はとんでもない寂しさを抱えていた「おたくの元祖」だったと。
 『徒然草』も同様に分析される。兼好法師の本名は「卜部兼好(うらべかねよし)」だった。橋本はウラベ・カネヨシくんと呼ぶ。そしてウラベ・カネヨシくんは『枕草子』を書きたがったと教えてくれる。
 あとがきを読むと、橋本は「受験生用のわかりやすい文学史」を書きたかったのだという。枚数の関係で「室町〜江戸時代の古典」がカットされちゃったと。できれば続編でそのあたりも書いてほしかった。面白くて受験生用というのはもったいない。


これで古典がよくわかる (ちくま文庫)

これで古典がよくわかる (ちくま文庫)