『冲方丁のこち留』を読む

 冲方丁冲方丁のこち留』(集英社インターナショナル)を読む。副題が「こちら渋谷警察署留置場」というもの。2015年8月、冲方がファンとの交流のイベントを催した直後の打ち上げ会場に突然警察がやってきて、渋谷警察署までの同行を求め、警察では逮捕状を示されて逮捕される。その逮捕状には前夜マンションのエントランス前で妻の顔を殴って前歯破損の疑いとあった。
 作家の冲方丁逮捕の新聞記事が大きく載っていたことを憶えている。家庭内DVのためというのも微かに記憶にある。しかし本書ではそれらはすべてでっち上げの冤罪だと冲方は主張する。警察は冲方を完全に被疑者として扱い、渋谷警察の留置場にぶち込まれる。
 手錠を掛けられ腰縄をされ、深夜長時間取り調べが行われる。朝方になってやっと留置場へ入れられるが、そこは6畳くらいの広さで先客3人が収容されている。先客たちは意外にも親切で、慣れない冲方にいろいろていねいに教えてくれる。冲方の記す留置場生活はけっこう悲惨なものだ。粗末な食事は体力や思考力を弱めるためにあるとか、夜中も監視のため一晩中明かりがつけられたままとか、扉のないトイレとか・・・
 留置場の先客=先輩が腕の立つ弁護士を紹介してくれる。弁護士から警察や検察への対応を指導される。ロープに繋がれバスで検察庁へ連れていかれる。検事の簡単な取り調べで10日間の勾留が決まってしまう。
 その後何度も取り調べを受けながら、9日間の勾留のあと釈放される。しかしこれで無罪放免というわけではなく、釈放から50日ほどたってやっと不起訴処分が確定した。
 冤罪の恐ろしさがよく分かった。私だっていつ何時警察官が現れて逮捕されるか分からない。何しろ冤罪というのは何もしていなくても罪に問われるのだから。冲方は有名人だったので編集者などのサポートが得られたし、優秀な弁護士を紹介される幸運もあった。弁護士費用も100万円以上必要で、貧乏人では国選弁護士などの場合によっては無能な弁護士に当たってしまうかもわからない。
 日本では起訴されれば有罪になる確率は99.9%だというし、2割は冤罪だとも書かれている。もし私が突然逮捕されたら、飼っている猫たちの餌やトイレなどの世話はどうなるのだろう。娘に連絡して猫の世話を頼むことはできるのだろうか。そのことが一番気にかかったのだが、思えば私も能天気な性格なのかもしれない。
 冲方を告訴したらしい妻のことをもう少し知りたい気もしたが、そのあたりはなかなか微妙なものがあるのだろう。
 巻末に冤罪をテーマにした映画『それでもボクはやってない』の監督周防正行との対談があった。この映画も見てみたい。


冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場

冲方丁のこち留 こちら渋谷警察署留置場