廿楽順治『詩集 人名』を読む

 廿楽順治『詩集 人名』(思潮社)を読む。廿楽は「つづら」と読み、現代詩手帖賞H氏賞を受賞している。東京墨田区曳舟の出身。
 本書は題名どおりみな人名を主題にしている。これがなかなか楽しい詩集だ。詩はすべて下揃えのレイアウトになっているが、ここでは仮に頭揃えとした。

みよちん



もうだれもそのひとのことがわからない
あつまった四五人の
記憶の土地で
雨風にさらされている
みよちんはさびた釘になってしまった
ひらべったい
あたまだったなあ
背がひくくて棒みたいにやせていたなあ
みんなで
ふる釘のことを話しているのに気づかないで
みよちん
は泣いている
泣いているのに涙がでてこない
なんだか
釘のようなやつだった
ひとりが言ってみんなははっとする
雨だ
おまえ
なんだか顔が合板みたいだぞ
あつまった四五人が
やすい板になって
たがいのことをおおわらいした
みんな
深く
顔にふるいみよちんが刺さっているのである

陶人お吉



さわるとつめたくてきもちよい
ひとしれず
そう呼ばれていたのは知っていたが
知らないふりをしていた
あれは年号がかわったころのこと
でもすぐに頭が割れてしまうから
明け方に置いていくときはしまつがわるい
泣きだすときまってするどく光った
まるで瀬戸物か
西洋の便器のようでありますな
おれが北の町で
ばらばらに割れたのもちょうど同じころだ
あたりいちめん
くだけながらあるいていく
つめたくて
きもちよい不意の時代がはじまっていた
お吉さん
あんたのぬるぬるの極楽は
どっちだね
崎陽軒のおべんとうをたべながら
わたしは
遠くの遺体のようにならんでいた
さわるとつめたくてきもちのよい
まるで
十六のころの夏の沖の恋であった

「月光」




顔をあらうのに
その背の軍刀
じゃまではないかとわたしはおもうのだ
隊長の「月光」は
家で歯をみがいているときだって
じぶんの正体をあかさない
ずいぶんと長い間
そうやって
権力者のこころのさびしさを守ってきた
さすがだな月光
「御意」
そろそろかわいい妻でももらったらどうだ
忍びの姿で
毎晩さんまを焼くのはつらかろう
その方は
軍刀で茄子の皮もむくのか
「御意」
そんなことはあるまい
下校する「月光」のあとを
わたしは一度だけつけたことがある
桜通りの公園で
「月光」はずっと
さびしそうにすべり台を見あげていた
その背の軍刀
感傷的なときには
すこし
じゃまではないかとわたしはおもうのだ

 こんな詩が35篇並んでいる。お主なかなかやるではないか!


詩集 人名

詩集 人名