常盤新平『翻訳出版編集後記』を読む

 常盤新平『翻訳出版編集後記』(幻戯書房)を読む。「出版ニュース」の1977年から1979年にかけて連載したものを単行本にした。常盤は2013年に81歳で亡くなっている。
 本書は常盤が早川書房に勤めた1959年から翻訳出版に携わっていた10年間のことを中心に書かれている。初めて早川社長に連れられてアメリカへ行ったことから書き始められていて、それは早川社長の好意だったとされる。また上司だった福島正実中田耕治宮田昇に対する恩義と感謝が繰り返し語られる。翻訳者になろうと思っていた常盤を早川書房の編集者に推薦したのは福島正実だった。
 入社2年目で新しい雑誌『ホリデイ』の編集長になったが、雑誌は1号で廃刊になった。その2年後、『エラリイ・クイーン・ミステリ・マガジン』の編集長になる。また「ハヤカワ・ノヴェルズ」「ハヤカワ・ノンフィクション」を創刊した。ル・カレの『寒い国から帰ったスパイ』とメアリー・マッカーシイの『グループ』を出版して成功させた。常盤がある意味、現在の早川書房の礎を築いたと言えるのではないか。
 ところが常盤は自分を卑下し、大した貢献ができなかったと書く。そして先輩に恵まれていたとして彼らの業績を顕彰する。早川社長にも敬意を捧げている。しかし、宮田昇のあとがきを読めば、常盤を実質的に追放したのは早川清社長だった。また田村隆一の名前も一か所だけ、小林信彦の名前はどこにも出てこない。
 それが小林信彦『四重奏 カルテット』(幻戯書房)を読めば、常盤と宇野利泰が小林を裏切ったと読めるように書かれているし、宮田昇『新編 戦後翻訳風雲録』(みすず書房)を読めば、常盤のことが好意的に語られ、小林は批判されている。また早川清社長をきわめてケチだったと非難している。ボーナスも少額しか支給しなかったのに、早川が亡くなったときの遺産が100億円もあったと。
 常盤は自分を早川書房から追放した早川社長のことすら、恨みがましいことは全く書かないのだから、すべからくそうなのだろう。
 あとがきで宮田が、「この連載の2年半の間で、文章も内容も、常盤新平が大きく変わっていったのを知った。それは編集者から翻訳者、エッセイストへ完全に脱皮したことである」と書いている。しかし、常盤の小説『冬ごもり』(祥伝社)を読んだときも感じたことだが、常盤の文章は巧いとはとても言えず、長期の連載だったとはいえ本書では繰り返しも多い。構成も良いとは言えないものだ。もちろん1960年代のミステリやSFなどの翻訳出版に関する資料として、十分参考になり有益だった。本書で言及されている福島正実早川書房時代を回想したという『未踏の時代』(早川書房)も読んでみたい。


常盤新平『冬ごもり』を読んで(2012年3月19日)
小林信彦『四重奏 カルテット』を読む(2012年10月30日)
宮田昇『新編 戦後翻訳風雲録』を読む(2012年11月30日)
生島治郎『浪漫疾風録』を読む(2012年12月22日)


翻訳出版編集後記

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