『がん哲学外来へようこそ』を読む

 樋野興夫『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)を読む。中村桂子毎日新聞で紹介していた(2016年5月8日)。アスベストが原因で起きる中皮腫や肺癌などが問題になったとき、樋野は中皮腫の外来がないことに気づく。そこで「アスベスト中皮腫外来」を順天堂大学に置き、その経験から最も大事なのは患者との対話であることに気づいて、「がん哲学外来」を提案する。
 がんを宣告された患者は不安にかられる。手術を受けたあとでも再発を心配する。樋野の作ったがん哲学外来は、治療が直接の目的ではなく、患者とゆっくり話し合う「カフェ」のような場所をイメージしている。患者や家族がやってきて不安な気持ちを訴える。樋野はそれをじっくり聞いて「ことばの処方箋」を出す。治療費は取らない。対話によって患者や家族が不安から立ち直っていく。
 立ち直ると言っても、対話でがんが治るわけではない。早期がんが発見された場合は治療をすべきだ。治療が難しい状態になったら、がんと共存していくことだと言う。そして最後に自分に見合った花を咲かせればいいのだと。自分の「できること」を活かすことだと。

 尊敬してやまない内村鑑三の言葉に次のようなものがあります。
「この世でいちばん価値あることは『あの人は立派に生きた』と言ってもらえること」
「後世へ遺すべきものは、お金、事業、思想もあるが、誰にでもできる最大遺物とは、勇ましい高尚なる人生である」

 樋野の引く例は、末期がんを宣告された55歳の男性患者が、『葉っぱのフレディ』の朗読劇を企画したこと、それを知り合いの舞台女優たちと具体化し、上演することができたこと、ただ患者は上演を見ることなく亡くなってしまったが。
 なるほど、「がん哲学外来」の存在意義がよく分かった。肉体を治療するほかに精神を、これは治療ではなく鼓舞する、勇気づけこと。精神へのそのような働きかけが有効で必要なことがよく分かった。
 末尾のページに「構成 佐藤美奈子」とある。すると、これも佐藤の聞き書きでリライトしたもののようだ。起承転結について、ちょっと不満はあるが、良い本をまとめてくれたと思う。

がん哲学外来へようこそ (新潮新書)

がん哲学外来へようこそ (新潮新書)