朝日歌壇・朝日俳壇を読んで

 朝日歌壇を読んでいると「おっさまと呼んで親しき…」という表現が目に入った(朝日新聞2016年5月9日)。もしやと思って投稿者を見ると飯田市・草田礼子となっている。やはり故郷の人だった。あの辺りでは和尚様のことをおっさまと呼ぶ。


おっさまと呼んで親しき住職が好好爺となり医者で出会いぬ

 ほかに十亀弘史の歌が気になった。永田和宏佐佐木幸綱が選んでいる。


獄中へ持ち行く本を買ひに来て分厚き本を選びてをりぬ

 同じ作者の別の歌を高野公彦が選んでいる。


入獄を前に末期の眼(まなこ)めく空も川面も緑も美し

 高野の選評に十亀の歌への言及がある。

作者注に《「迎賓館・横田」事件で28年の裁判の結果「有罪」が確定し、4年7か月入獄します》とある。

 ネットで「迎賓館・横田事件」を調べてみると、1986年に東京で先進国首脳会議開かれた折り、新宿区内のマンションからロケット弾が迎賓館に向けて発射され、弾は迎賓館を飛び越えて道路上に着弾した。マンションの遺留品から中核派の犯行と認定され、同派の活動家3人が逮捕された。しかし証拠が少なく、裁判は長期にわたってもつれ、今年3月、最高裁が上告を棄却し、ようやく有罪が確定した。逮捕された3人の中に十亀弘史がいた。
 これまたネットで検索すると、十亀弘史の俳句がたくさん見つかった。

腕出して腕だけの春鉄格子
獄中に不在者投票梅雨深し
獄庭へぎざぎざの冬降りて来る
二糎の隙間より見る遠桜
花びらを受けて静かや手錠の掌
軍事基地の桜・桜・桜・闇
自足する醜さに満ち花の宴
雲厚し枝垂桜のなまぬるし
生と死のあはひに満ちし桜かな
ひつそりと桜立たしめ死刑場
独房に動かぬ時間春の塵
独房に蛇口輝く夏初め
洗濯を水遊びとし独居房
独房にざくりと割りぬ青林檎
独房を梨噛む音で満たしけり
三角の冬晴を置く独居房
月光を二十四に分け鉄格子
独房に飛ぶ夢を見し良夜かな
独房をとびだすこころ銀河まで
独房の初夢河馬と空を飛ぶ

 いずれも良い句だと思う。獄中の歌人俳人といえば、連合赤軍事件の坂口弘三菱重工ビル爆破事件の大道寺将司、殺人の罪でアメリカの獄中にいる郷隼人などを思い出す。罪のことはともかく、皆よい歌や句を詠んでいる。
 同じ日の朝日歌壇・俳壇のコラム「うたをよむ」に台北在住の俳人黄葉が「黄霊芝さんをしのんで」というエッセイを寄せている。黄霊芝は今年3月87歳で亡くなった。台北俳句会を結成して46年にわたって主宰してきた。その句。

手に蝉を握るは命握りけり
じゃが芋に目鼻のありき夜(よ)の廚(くりや)
深梅雨の山に去(い)ぬれば遠流(おんる)とも
秋茄子は大吟醸酒もて酔ふ
颱(たい)一夜明けて犬猫別れけり
殿(しんがり)は母子かと見え雁渡る
木には木の裸を急ぐ冬支度

 いずれの句もすばらしい。台湾は終戦まで52年間日本の植民地で日本語教育が行われていた。以前『台湾万葉集』が出版され、戦後台湾に優れた短歌の伝統が受け継がれていることを知って驚いたことがあったが、俳句も同じく優れた伝統が息づいていたのだ。見知らぬ人ではあったが、黄霊芝さんに追悼の意を捧げたい。