久住昌之『東京都三多摩原人』を読む

 久住昌之『東京都三多摩原人』(朝日新聞出版)を読む。本書は朝日新聞出版のPR誌『一冊の本』に連載されていたもの。連載されていた当時時々拾い読みしていた。
 著者紹介を見て初めて『孤独のグルメ』の原作者であることを知った。とはいえ、タイトルは聞いたことがあったが、マンガもテレビもみたことはない。でもすでに10か国に翻訳されているなんて、一度くらい読んで見よう。
 本書のタイトルの「三多摩」は東京西部の西多摩郡北多摩郡南多摩郡から採っていて、著者が最初に解説している。

 三多摩とは、東京都の、23区と島嶼部(伊豆七島小笠原諸島も東京都)を除いた市町村部分のことだ。かつての北多摩郡西多摩郡南多摩郡のことだ。北多摩郡南多摩郡はすでに消滅し、地名として今残っているのは、西多摩郡のみ。

 久住は三鷹で生まれて育った。調べてみると、明治26年まで三多摩は神奈川県だった。「そういうわけで、江戸っ子とは根本的に人種が違うのだ。/俺たちゃ、元神奈川の三多摩っ子なのだ」と久住は書く。それであまり知らなかった三多摩を歩こうと思い立ったのだという。それが本書にまとめられた。
 しかし久住のエッセイは軽くてゆるい。三多摩を歩いても土地の歴史に深入りするわけでもなく、小学校中学校の頃の思い出をゆるく絡ませるくらいだ。文体も短い文節がだらだら続く。短いと言ってもハードボイルドのように畳みかける文章でもない。しかし、こんなかったるいようなエッセイが意外に面白いのだ。

 さらに歩くと左手に「西東京市 向台公園」という間口の狭い公園があった。樹が鬱蒼と生えている。西東京市。元は、田無市保谷市だ。なんとなく田舎っぽい名前のふたつの市が、合併して「西東京市」を名乗った時は苦笑した。この苦笑の苦さは、同じ三多摩原人ならではのものに違いない。と、今は思う。東京都の中で、さらに東京を名乗りたい三多摩人。やっぱり元神奈川。恥ずかしくないのか。そんな名前つけて、かっこ悪いなぁ、と思ったものだ。もう慣れちゃったけど。

 杉並区と中野区ももとは東多摩郡だった。それで杉並区を歩く。荻窪のラーメン屋でビールとシューマイを頼む。向かいの男がずっとスマートフォンを見ていて、時々にやにやするのが気持ち悪い。

 ボクのシューマイが来る前に、彼の頼んだ餃子が出てきた。ビールも飲まないで、スマホを片手に持ったまま、餃子だけをムシャムシャ食べている。餃子を食べている最中に、冷やし中華が出てきた。冷やし中華と焼き餃子。そんな組み合わせ、食べたことがない。いや、その間にビールがあったら、あるいはありえる。だが、ビールなしの餃子と冷やし中華。汁が無く。逃げ場がないじゃないか。

 自宅(生家)を詳しく綴った章がある。玄関の靴箱の上にはたいてい何かの鉢植えが飾られている。

……その背後の壁には草間彌生の版画が飾られている。「え、草間彌生?」と意外に思うかもしれないが、これは弟が若い頃シルクスクリーン版画の刷り師をしていた時、刷り師の取り分としてもらってきたものだ。

 応接間には別の草間彌生の作品が飾られている。草間彌生の版画って、現在何百万円もするんじゃなかったっけ。すごいお宝だ。
 高校1年の時、盲腸の手術をすることになった。

……その話をすると、男友だちは、こぞって、
「盲腸は手術前に、チン毛を剃られるんだぜ!」
 とまくしたてた。
「看護婦さんがつまんで、根元をカミソリで剃るんだぜ」
 恐怖だ。というか、局部も出されるのか。恥ずかしい。まさにそういう年頃。寄ってたかって蜂の巣にされる。
「オレ、つままれただけで、勃っちゃう」
「オレなんて、パンツ下ろされる前の段階で勃っちゃう」
「そのパンツの先がちょっと濡れちゃう!」
「やっべぇ!」
「オレなんて脱がされる前から勃ってる」
「家から勃ってる」
「オレ、剃られてる間に、イッちゃうかも」
「顔は普通なのに、あそこはビンビンって、滅茶苦茶恥ずかしい!」
「どうする? 物凄いカワイイ看護婦が来ちゃったら」
「それも、ふたりとか」
「ひとりがつまんでて、ひとりが剃る」
「ぎゃー!」
「それより、そんな女の素手で触られたら、即イキだよ」
「どーするよ、クスミ! 出ちゃったら!」
「キャッ!」
「いや、オレ死んでもいい!」
「クッスミ、いいなあ!」
「あとで絶対報告会な! ホントのこと正直に話せよ」
 もう大騒ぎ。

 おかしい。でも私も20代後半と40代後半で、盲腸憩室炎と鼠蹊部ヘルニアの手術を受けた。その時のことは恥ずかしくて書けない。
 この本を持って多摩地方を歩いてみたい気がする。


東京都三多摩原人

東京都三多摩原人