安岡章太郎『文士の友情』(新潮文庫)を読む。副題が「吉行淳之介の事など」とあるから、吉行ファンとしては読まざるを得ない。しかし半ば過ぎまで読んで、どこか記憶にあるようなエピソードが散見する。しかし読んだというはっきりした記憶はない。念のため自分のブログで検索してみると、2年半ほど前、単行本が発行された時すでに読んでブログにも紹介していた。2年半ばかりでほとんど忘れてしまったことに少なからずあきれてしまった。
ただ、前回読み落としていたことに気が付いた。安岡と小林秀雄との対談「人間と文学」が掲載されている。そこに土佐の長曾我部のことが話題にされているが、小林が土佐の殿さまのことをほとんど知らないことに驚いた。安岡の先祖は土佐出身で、その先祖の事を調べて安岡は『流離譚』にまとめている。
安岡 ともかく土佐なんてあんな所、ほんと言えば、大昔と何も変わりゃしないんだ。馬だって、何だって……。
小林 徳川の前はだめなのかい? 何んにもないのかね?
安岡 長曾我部元親が秀吉に馬をもらってビックリしているんですよ。馬とはこんとなに大きなものかって。もちろん馬についてきた鞍やアブミが金蒔絵で立派なのにも驚いているんですがね。……しかし、徳川が長曾我部を徹底的に警戒して、全部排除してしまう、あれは不思議だな。
小林 非常に憎まれたのじゃないかな?
安岡 うん。どうして憎まれたのか……。最初は徳川の味方をしようとしていたというのです。それがね、関ケ原の時、道を間違えてそれで豊臣方のほうへついちゃって――というのですよね。だけどぼくはどっちにしても、徳川につこうが、あれはきっととことんまでやられたと思う。きっと異質なんですよ。
小林 そうかね。やられている跡はあるんですか。
安岡 というより跡形なくやられちゃっているんですよ。
小林 それは急にこう何んとかして……? やっぱり幕末ですか。
安岡 いや、いや、幕末じゃなくて、まず関ケ原で負けるでしょう、島津とか毛利とかは、同じ敗けても土地を全部取り上げられたわけじゃない。ところが長曾我部というのはもう草の根まで全部ほじって、みんな整理されたわけですね。
小林 殺されちゃうわけですね。
安岡 殺してしまうし……。
小林 そうするとあとはどうなるんです?
安岡 あとはだから、そこに土塀が残っているだけでしょ。それから、長曾我部の家来の下っ端のほうは郷士になるか地下に潜るかして幕末まで残ってますよね。――徳川氏になって何十年かたって野中兼山というのが出てくる。あれは不思議な人だな。
小林 大名は?
安岡 山内(やまのうち)。
小林 山内――やはり山内というのが中興の祖ですね。
安岡 ううん……。これね、静岡県の掛川のほうから来た人なのですよ。それが侍を全部つれてやってきた。
(中略)
小林 まあこれから、もう少しみんな歴史を勉強してもらわないと困ります。日本ぐらい歴史が本当にだめな国はない。ほかの国はもっと非常に発達していますがね。日本という国はマルクスが入ってきたために歴史というものが絶滅したと言ってもいいです。あそこまでは実に日本の歴史学も立派に育ってきたのですよ。
いや、おもしろい会話だ。小林は土佐の歴史をちっとも知らない。長曾我部が徳川に滅ぼされているのに、「やっぱり幕末ですか?」なんて言っている。そのくせ「これから、もう少しみんな歴史を勉強してもらわないと困ります」という発言はどこから出てくるんだろう。
大御所小林秀雄の歴史に関する無知がさらけ出されて驚いたことだった。
・安岡章太郎『文士の友情』を読む(2013年9月26日)
- 作者: 安岡章太郎
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2015/12/23
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