『八月十五日の日記』を読む

 永六輔 監修『八月十五日の日記』(講談社)を読む。正午にラジオで天皇詔勅が放送され、ポツダム宣言を受け入れたことが発表された。その8月15日のほぼ100人の日記を集めたもの。日記の作者は大臣から軍人、政治家、作家、学者、俳優など多岐にわたっている。これは面白い読み物に違いないと期待して読んだが、意外とそんなでもなかった。
 多くの人の日記を集めているので、どうしても記述の仕方にバラツキがあるし、きちんと書きこまれていない日記が多い。もともと発表する予定はなかったし、文章の専門家たちでもない。短い日記が多いので、各人の日記を読み始めてもほとんどがすぐ終わってしまい、筆者の気持ちに共感することがむずかしい。こま切れの感想を聞いているような印象だ。山田風太郎の日記だけが20ページを超えている。
 SF作家の海野十三:ただ無念。しかし私は負けたつもりはない。三千年来磨いてきた日本人は負けたりするものではない。
 歌人斎藤茂吉:噫、シカレドモ吾等臣民ハ七生奉公トシテコノ怨ミ、コノ辱シメヲ挽回セムコトヲ誓ヒタテマツツタノデアツタ、
 作家の野口冨士夫:……私はこみ上げて来る嬉しさを抑えるために兵舎を出て、なんということもなくその辺を一人でぶらぶら歩いた。私の主観の比重は、日本が敗れたということよりも、もっぱら戦争が終わったという事実の方にかかっていたようである。
 歌人土岐善麿:あなたは勝つものと思つてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ
 画家の今関啓司:昨十五日正午、天皇ラジヲにて国民へ告げられし由。敵国に降伏。三千年の日本今日にして亡ぶ。
 小倉造兵廠の山本登:日本は強烈なガス特攻隊あり、原子爆弾より強烈殺人性なる毒ガスを抱えて待機中なり。/今、不利なる態勢を立て直さんとしつつあり、一度毒ガス特攻隊満を持して発せんか、たちまちにして敵屍山を為し、状況は一変して敵をしてかえって城下の誓いを為さしむると。
 作家の中勘助:戦争は終わった。
 俳人高浜虚子:敵といふもの今は無し秋の月
 作家の内田百間天皇陛下のお声は録音であつたが、戦争終結詔書なり。熱涙垂れて止まず。この滂沱の涙はどう云ふ涙かと云ふ事を、自分で考へる事が出来なかつた。
 俳人荻原井泉水:おん言葉の、いなづまの身内貫くや
 俳優の徳川夢声:……何という清らかな御声であるか。/有難さが毛筋の果まで滲み透る。/……足元の畳に、大きな音をたてて、私の涙が落ちて行つた。/……斯くの如き君主が、斯くの如き国民がまたと世界にあろうか、と私は思つた。/この佳き国は永遠に亡びない! 直観的に私はそう感じた。/万々一亡びると仮定せよ。しかも私は全人類の歴史にありし、如何なる国よりも、この国に生れた光栄を喜ぶであろう。
 文芸評論家の亀井勝一郎:玉音を拝す。勅語の数語を拝するうちに、「日本は大丈夫なり」の感を強くす。こゝには神ながらの実に空前の音あり、敗戦悲観等のひゞきなく、一切は黎民の愛育に発する大なる救ひのみあり。日本は一切を失つて一切を得たり、世界に冠絶する宗教国家、芸術国家として再生すべし、勇気を以て直ちに出発すべきなり。
 経済学者の河上肇:あなうれしとにもかくにも生きのびて戦やめるけふの日にあふ
 何人かの日記の核心部分をちょっとだけ引いたが、100人の日記を逐語掲載するのではなく、編者を立てて各人の日記の大意を要約する方が良かったのではないか。また簡単な筆者紹介はあったものの、せめて生没年か終戦時の年齢くらい書いておいてほしかった。


八月十五日の日記

八月十五日の日記