穂村弘『ぼくの短歌ノート』が楽しい

 穂村弘『ぼくの短歌ノート』(講談社)を読む。これがとても楽しかった。歌人の穂村が雑誌『群像』に2010年4月号から連載している「現代短歌ノート」を改題してまとめたもの。毎回テーマを決めてそれに沿った短歌を取り上げ、穂村が解説を加えている。その選択が絶妙だし解説にも教えられることが多い。
 「コップとパックの歌」という章では、

牛乳のパックの口を開けたもう死んでもいいというくらい完璧に   中澤 系


あのこ紙パックジュースをストローの穴からストローなしで飲み干す   盛田志保子

 穂村の解説を省いて紹介している。
 「花的身体感覚」の章が傑作だ。

年下も外国人も知らないでこのまま朽ちてゆくのか、からだ   岡崎裕美子

 そういえば私も年上は知っているが外国人は知らない。もうこのまま朽ちてゆくしかないだろうな。←私のことだけど。
 この章の続き、

生理中のFUCKは熱し
血の海をふたりつくづく眺めてしまう    林あまり

 林あまりの短歌はいつも過激だ。以前このブログでも紹介したことがある。
 「するときは球体関節」という章、

するときは球体関節、のわけもなく骨軋みたる今朝の通学   野口あや子


もちあげたりもどされたりするふとももがみえる
せんぷうき
強でまわってる                    今橋 愛


脱がしかた不明な服を着るなってよく言われるよ 私はパズル   古賀たかえ

 いずれも性愛を謳った歌だ。
 「子供の言葉」から、

「じいちゃんはいつごろしぬのおとうさん」満四歳の東京の孫   鉄本正信


どうこうと思うなけれど曽孫は「ばあちゃん、男か女か」と聞く   香城清子

 つぎは「ちやらちやらてふてふ」から、

旧かながさまになりしは福田恒存まで丸谷でさへもちやらちやらくさく   小池 光

 「丸谷」は「丸谷才一」のことだろうかと穂村は書く。もちろんそうでしょう。
 「身も蓋もない歌」より、

「百万ドルの夜景」というが米ドルか香港ドルかいつのレートか   松木 秀

 「デジタルな歌」から、

六つ切りの一切れ半は八つ切りの二切りと同じ 朝食はパン   大森正道

 「会社の人の歌」から、

北風をきって浣腸買いに行くこれも仕事のひとつ秘書なり   安西洋子

 穂村が「まさかプレイ用ということはあるまい」と書いている。以前痔の手術を受けたあと、排便が出来なくて薬局へイチジク浣腸を買いに行ったとき、まさかプレイに使うなんて思われないだろうなと心配したことを思い出した。そういえば45年も昔、キャバレーでボーイをしていたときにホステスから生理用ナプキンを買ってきてと頼まれた。どきどきしながら化粧品屋へ行ったら、それは薬局よときれいな店員さんが教えてくれて、またまたどぎまぎした。あの高円寺の商店街まだ憶えている。
 解説も秀逸なのだ。ぜひ本書を手に取って全部読まれんことを!



林あまりの短歌(2012年4月10日)
林あまりの過激な短歌(2012年4月28日)



ぼくの短歌ノート

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