中条省平『マンガの論点』が面白い

 中条省平『マンガの論点』(幻冬舎新書)を読む。これが面白かった。本書は幻冬舎の月刊PR誌「星星峡」に2006年7月から連載したマンガ時評で、雑誌が途中終刊となったためネット上のウェブサイトに移して、2014年10月まで続いた。その100回分をほぼ完全に収録したものだという。
 時評なので毎月の話題作、秀作を中心に論じているがとても面白い。ここに紹介されているマンガで読みたくなったものが何冊もあって困ってしまうほど。全巻揃えれば何十巻にもなるものや、フランスのマンガで翻訳発行されているものは1万円を超えているものまである。しかもマンガは原則図書館にはないだろうし。
 昔懐かしい樹村みのりの新作『見送りの後で』(朝日新聞社)が評価されている。「樹村みのりが見つめているのは、つねに変わらぬ家族の空気のように淡い情愛、つかず離れずの友情、けっして距離を捨てぬ恋愛といった主題だ」。
 紹介を読んで山松ゆうきち『インドへ馬鹿がやって来た』(日本文芸社)にも興味がわいた。インドにないものを持って行って売れば金になると考えた山松ゆうきちは、日本のマンガをヒンディー語に訳して売ることを実行に移す。平田弘史の『血だるま剣法』だ。しかし売れなかった。日本のマンガに興味を持つような人は英語ができるし、ヒンディー語しかできない人はヒンディー語の読み書きすら危ういからだという。
 毎年年末にはベスト10が発表される。『このマンガを読め!』と『このマンガがすごい!』の2種類のベスト本がともにムック形式で発表されるので、それを引用して解説を加えている。
このマンガを読め! 2009』の4位にくらもちふさこの『駅から5分』(集英社)が入っている。

(……)4位には、くらもちふさこの『駅から5分』が入っています。これは日本の少女マンガの到達した表現のひとつの極北として、これより上位に立った3作とは比較するのもおろかな傑作です。とくに第1巻のなかの「エピソード4」には、ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』で創始した「電脳空間」という観念が、あれから20数年経って、完全に日本の日常の風景と化したことをビジュアライズする驚異的な技法の冴えが見られます。ここに漫画の最前線を見ずして、どこに見るというのでしょう?

 浅野いにおの『世界の終わりと夜明け前』(小学館)について、

(……)彼女と彼が自転車に二人乗りして道を行く場面で、ビル街が見開き2ページで描かれるところがありますが、無数の漆黒の鳥影が乱舞するその落日の風景は、「世界の終わり」でもあれば、「素晴らしい世界」でもありうるこの世界の多義性をみごとにすくいあげて、浅野いにおの隔絶した才能を感じさせる場面です。

 西原理恵子の『この世でいちばん大事な「カネ」の話』(理論社)というエッセイも面白そう。西原が『まあじゃんほうろうき』を描くために賭け麻雀に5千万円を浪費した話や、外国為替取引をテーマにした実録マンガを描こうと用意した1千万円をリーマン破綻のショックのなかでまたたくまにすった話がほいほい出てくるという。
 松本大洋の『竹光侍』(小学館)が絶賛される。だが全8巻で総計1600ページと言われれば考えてしまう。
 水木しげるの『総員玉砕せよ!』は、マンガ界にこのマンガに匹敵する戦争マンガはないし、文学作品においても、渡辺清の『海の城』や大岡昇平の『野火』に匹敵する傑作だと言っている。
 本書は新書とはいえ774ページもある。ほとんど800ページに近い。初日に200ページ読んだので4日間で読み終るかと思ったが、丸々1週間かかってしまった。しかし教わることが多く、付けた付箋の数も20か所以上になった。
 朝日新聞には建築史家の五十嵐太郎が書評を書いていて、「ブックガイドとしてもすぐれた本である」と評価している(2015年7月26日)。