テッド・チャン「理解」を読み直す

 『週刊朝日』の「週刊図書館」が夏休み特別企画として「ロボットと人工知能を知る」という特集を組んでいる(8月21日号)。8人の専門家が選ぶ私のベスト3として、24冊が推薦されている。中でも面白そうだと思ったのが、松尾豊が選んだ本人の書いた『人工知能は人間を超えるか』(KADOKAWA)、これは志水正敏も推薦している。沼野充義が選んだスタニスワフ・レムソラリス』(ハヤカワ文庫)、本書は文句なくベストだと私も推薦する。瀬名秀明が選んだアイザック・アシモフ『われはロボット(決定版)』(ハヤカワ文庫)、そして千街昌之推薦の瀬名秀明デカルトの密室』(新潮文庫)とロバート・J・ソウヤー『ゴールデン・フリース』(ハヤカワ文庫)あたりだった。
 実は松尾豊の推薦するもう1冊、テッド・チャンあなたの人生の物語』(ハヤカワ文庫)も少し気になった。松尾はこう書いている。

(……)知能が極限まで高くなるとどうなるのであろうか? これを描いているのが『あなたの人生の物語』というSF小説集に収められている「理解」と題された短編である。この本全体を通して、科学的な描写の正しさは心地よいが、知能が極端に高い存在にとって世界がどう見えるのかを見事に描く。私がこれまでに読んだ本や映画のなかで、最も的確な描写である。
 知能が極端に発達した主人公は、誰よりも予測能力が高く、世界を「ゲシュタルト的に」理解し、自らつくり出した概念に次々と名前をつけていく。しかし、最後は、利己的な主人公と、利他的な敵との戦いが起こる。
 つまりいくら知能が発達しようが、何を大事だと思うかという生存上での目的は変わらないのである。

 私も『あなたの人生の物語』は10年ほど前に読んでいる。中では「バビロンの塔」が印象に残ったが、総じて特別高い評価はしなかった。とくに「理解」には何の記憶もなかった。しかし松尾が強く推薦しているのだからと読み直してみた。脳に障害を受けた患者にホルモンKが処方される。処方された患者は、障害が重ければ重いほど知能が際立って向上する。文庫本75ページほどの分量で、知能が向上するメカニズムを荒唐無稽に陥らないように詳しく説明している。そのあたりはなかなか複雑だが、かなり説得力がある記述だ。ただ、そのことに注力していて、相対的に物語性が希薄になっている。松尾が「知能が極端に高い存在にとって世界がどう見えるのかを見事に描く。私がこれまでに読んだ本や映画のなかで、最も的確な描写である」というのは、そのメカニズムの描写を指しているのだろう。松尾の肩書は、東京大学大学院工学系研究科准教授となっている。文学的評価はあまり気にしないのかもしれない。久しぶりに読み直して、私はやはり「理解」に高い評価は与えられなかった。


あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)