柳家小三治『ま・く・ら』(講談社文庫)を読む。小三治の落語の枕を集めたもの。枕って落語のイントロの部分でふつうそんなに長くはない。不思議に思ったら、独演会などの小三治の枕は長くて何十分も喋っていることが多いらしい。その音源を集めて活字に起こしたものだという。
一人で話し続けるのだから漫談に似ている。しかし漫談と違うのは、ワザと笑わせようとしているのではなく、おもしろく話しているのだということ。やはり小三治の話術が優れているのだ。
一人でアメリカへ行ったときケネディ空港からタクシーに乗った。それが白タクで、空港からプラザホテルまで通常30ドルくらいなのに、400ドル取られてしまった。白タクだからホテルの玄関へは停められなくて離れた公園の一角で降ろされた。重い荷物を引きずってホテルへ行ってもボーイが手伝ってくれない。客だとみなされない。
満足に英語が話せない状況でホテルでのトラブルが続く。やはり落語家、話しぶりがおもしろい。これが話術というものだろう。
別の機会に英語を勉強しようと思って、サンフランシスコの英語学校に3週間入学した。最初に学力を調べるための試験を受けた。個室に一人残されて試験を受けたが、3問めまでくらいは易しかったのがすぐ難しくなる。分からない。持参の辞書を使ってカンニングをした。それで試験の成績が良かったらしく、5クラス中の上から2番目に難しいクラスに編入されて、授業がさっぱり分からなかった。
日本航空に乗ったとき、普段は高いスーパーシートが安くなっていたのでそれに乗った。お弁当についてきたビニールプラスチック系の3センチくらいのおしょうゆの瓶がある。それがキッコ―マンだったけどおいしかった。ふだんヤマサが好きなんだけど、これが気に入ってスチュワーデスさんに余っているのを集めてくれないかと頼んだ。
そうしたらね、さすがにスーパーシートに出てくるようなご婦人ですね、こっちを決して辱めない、救いの言葉がありました。
何だと思います?
「まあ、外国旅行なさるんですか?」
って、こう言うんですよ。
そして6つ持ってきてくれた。
そしたらね、その女性があたしのそばへこうやってしゃがみ込んで、あたしの肘掛けのとこへこう両手をかけて、くっ、と乗り出してきたんですよ。
ンなんだ!? と思ったら……。
そうですね、なかなかね、スーパーシートの女でしたよ(笑)。
ただしね、スチュワーデスにしては、少々いってる。40が付いてるですよ、アタマにね。付いてるですよ。だから、まあベテランなんですね。だからこそそのぐらいのフォローができたんでしょう。海外旅行ですか? っていうような言葉はなかなか、昨日今日のペーペーのおねえちゃんには言えないですよ。ま、それはそれとして。そしてね、
「わたくし、この仕事をしてからこのかた、いつか師匠にお会いできると思っておりました」
と、こう言うんです。(中略)
「な、なんです?」
って口ごもりながら言いました。そしたら、
彼女はむかし小三治師匠のお父さんに習字を習っていたのだと言う。父親は厳しい先生で、「襖を開けて、襖の表から両手でちゃんとこうやって目の前に三角をこしらえて手をついて、そのときあいさつさせるその文句がイヤでイヤで、家族として聞くに耐えなかったですよ。/なんと言ったかというと、/「先生どうぞ教えていただきとうございます」/って、こういうんです」。
このほか、塩の味の話や蜂蜜の話などが続く。どうってことない話だけれど、おもしろく語っている。話芸、話術というものだろう。小三治の落語も聞いてみたくなった。

- 作者: 柳家小三治
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