モラヴィア『薔薇とハナムグリ』を読む

 モラヴィア『薔薇とハナムグリ』(光文社古典新訳文庫)を読む。副題が「シュルレアリスム・風刺短篇集」で、本文250ページほどに15の短篇が収められている。原著は54作品を収める『 シュルレアリスム・風刺短篇集』で、この中から15篇が選ばれた。ほとんどが本邦初訳とのこと。副題のとおりシュルレアリスムや風刺小説で、ちょっと変わった味の短篇集だ。モラヴィアといえばゴダールブリジット・バルドーを主演にして映画化した『軽蔑』、処女作『無関心なびと々』、『倦怠』、『関心』、『ローマ物語』、『順応主義者』、『二人の女』など、男女関係を描いた作風の印象が強い。それに比べると、この短篇集などはモラヴィアっぽくないと、日本の読者には受け入れられないことが懸念されて翻訳されなかったのではないか。
 私も若い頃はモラヴィアのファンだったので、翻訳された作品はほとんど読んできた。たしかにこの短篇集は、これもモラヴィアかと驚きながら読んだ。本書のタイトルにもなった「薔薇とハナムグリ」は、薔薇だけを好むハナムグリコガネムシの一種)の仲間の中で、キャベツだけを好むハナムグリの娘を描いている。その嗜好は母親ハナムグリにも理解されないし、仲間にばれれば糾弾されてしまうだろう。まさに性的少数者を寓話化した話だ。
 ほかに室内に生えた巨木を愛する妻の話や、結婚披露宴の会場から出席者がつぎつぎと片足を吊り上げられて奥の方へ消えていく話、これは最後まで理由は明かされないで終わる。生きた大きなワニを背中に担ぐという新しいファッションが紹介されたかと思うと、蛸の来世観が披歴されたりする。風刺でありシュルレアリスムであり、ときにはSFでもある。
 モラヴィアは若い頃夢中になって、翻訳された作品をほとんど読んだ。中でも一番のお気に入りは『軽蔑』だった。数年前『軽蔑』だけを再読した。ゴダールの映画の方がよかった。


モラヴィアとゴダールの「軽蔑」(2008年6月13日)