イラストレーターの腕


 渓流釣りに関する本がある。しばた和 著『中仙道フライ旅 ヤマメ、イワナ宿あり 10水系70河川』(廣済堂出版、平成6年初版)というものだ。埼玉県から始まって、群馬、長野、岐阜、滋賀を流れる河川をたどってフライフィッシングのていねいな現場報告だ。わが故郷、飯田市を流れる天竜川の支流松川でも大きなイワナを釣っている。

 話題にしたいのはこの本の表紙絵だ。出版社が用意したイラストレーター八百板某が描いている。ヤマメが針にかかったらしく、釣り人が棹をあげて引きにかかるところか。

 対して本扉にも同じ様な状況のモノクロの絵が描かれている。この2枚を比べてみると、素人にも絵の優劣が一目瞭然だ。表紙のカラーの絵はいかにも腰が入っていない。モノクロの方は、釣り上げたときの腰や手足の動きが正確に再現されている。
 このモノクロの絵を描いたのが本書の著者でもある柴田(しばた)和だ。柴田は美術家でもあり、釣りに関するエッセイストなのだ。著書も数多くあり、一時は雑誌にも全国の釣り場を紹介していた。インテリア・デザイナーでもあり、ギャラリーを経営していたこともある。開高健に釣りを教えたこともあった。
 画家であり釣りのプロだからこんな優れた絵が描けるのだろう。と考えると、凡庸なイラストレーターにそれを期待するのは酷なことかもしれない。


中仙道フライ旅―江戸から京へ

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