アンドーギャラリーの中沢研展を見る


 東京都現代美術館で菅木志雄展を見て、つぎに近くのアンドーギャラリーで開かれている中沢研展を見た。菅はもの派の一人で、もの派の中では現在最も活発に活躍している作家だ。板やコンクリートや石を無造作とも見える形で並べて展示している。アンドーギャラリーの中沢の個展では白く塗られた細い木の柱が四角な画廊に一見アトランダムに立てられていた。菅と中沢の展示がとてもよく似ていた。
 中沢のインスタレーションは、白い木の柱が横に4〜6本、5列に並べられている。5列というのは柱の頭に針金が取り付けられており、柱は針金に沿って立てられている。その針金が作る列が5本なのだ。その針金に交差して縦に3本の針金がわたっている。各列の柱の位置は私には規則性が見つけられなかった。
 割合広い画廊なので、立っている柱の間を自由に歩き回ることができる。それによって見える風景が変わってくる。不規則に立てられているように見える白い柱、歩き回ると位置を変える柱、その風景がなかなか魅力的だ。
 そのとき気づいたことがあった。菅木志雄はもの派に属している。もの派は「もの」を投げ出すように展示して、作品に過剰な意味を持ち込まない。その中でも菅はとくに作品から意味を捨象することにこだわっているように見える。そして造形的な美を追求することに熱心ではない。だが意味を持ち込まないということは、そのような形で意味に執着しているとも言える。
 それに対して、中沢は作品の「意味」に関してニュートラルであって、それにこだわりを持っていない。中沢の追及しているのは造形的な美しさに近いだろう。「意味」と「造形性」に関して、菅と中沢は正反対なのだ。「意味」に関して解りにくいかもしれないが、例えれば憎しみは愛のカテゴリーに属し、愛憎に最も遠いのが無関心だということに近いだろう。
 中沢は現象として「もの派」に近似するが、本質的には全く別のスクール(派)に属するだろう。さて、ここまで考えてみて、もの派とミニマリズムとの違いがよく分からない。これは今後よく考えてみたい。


上の写真は東京都現代美術館のエントランスに設置されている菅木志雄の作品で、その下は同じく中庭に設置されている作品





アンドーギャラリーの中沢のインスタレーション
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中沢研展
2015年2月3日(火)−4月25日(土)
11:00−19:00(日・月・祝日 休)
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アンドーギャラリー
東京都江東区平野3−3−6
電話03−5620−2165
http://www.andogallery.co.jp
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