『変愛小説集』を読む

 岸本佐知子編訳『変愛小説集』(講談社文庫)を読む。「変」愛小説集であって、「恋」愛小説集ではない。岸本が選んだ英米作家10人の11編の短篇小説集。奇想天外な「変」愛小説を集めたもの。
 まずアリ・スミスの「五月」。樹木に熱烈な恋をした話。相手が樹木だとういう以外、何も変わったところがない恋なのだが、やはり樹木相手というのは相当変だろう。
 A・M・ホームズ「リアル・ドール」は妹の持っているバービー人形とセックスする話。

「こんなに大きいの、見たことないわ」とバービーが言った。一度は言われてみたい夢のフレーズだ。でもバービーがふだん付き合ってる人種のことを考えたら−−早い話が例のもっこりボーイ(バービー人形の男の子)のこと−−まあ当たり前っちゃ当たり前ではあった。
 バービーはぼくの陰毛を裸足で踏みしめて、リチャード(ぼくのペニス)のつけ根のところに立った。リチャードと彼女はほとんど同じ大きさだった。まあ同じはちょっと言いすぎにしても、すくなくとも同類と言って通るくらいではあった。どことなくきょとんとした顔をしているところまで、二人はそっっくりだった。

 ジュディ・バドニッツ「母たちの島」は、戦争で男たちが全員戦争に行った島。女たちだけが守る島に敵兵が襲ってくる。女たちはみな敵兵の子どもを身ごもる。戦争は敵が勝って、男たちは一人も戻らなかった。敵もその後誰も現れなかった。生まれた子どもたちは皆同い年で、男女が分けられて育てられる。どの子も父親が分からないので、カップルになると近親相姦になってしまうかもしれない。あるとき、一人の男が難破して浜に打ち上げられる。娘たちは誰もが自分の父親かもしれないと思い、母親たちに内緒で男を介抱し、食べ物を与える。その内に娘たちの腹が膨らみ始める・・・。
 変愛小説集の名に恥じない奇妙な愛の短篇集だ。作家たちができるだけ奇妙なストーリーを考えているのが分かる。作家の腕はそれを十分な説得力で語ることだ。それらの目的はまず成功していると言って良いだろう。
 さて、と皮肉な私は考える。奇妙な愛ばかりを描いたこの作品集にどんな意味があるのかと。面白ければ良いのなら、SFのスペース・オペラと同類じゃないか。まあ同類はちょっと言いすぎかもしれないけれど。
 それなら何故読んだのか? 実は「変」愛小説集ではなく、「恋」愛小説集と間違えてしまったのだ。質の良い恋愛小説が読めるかと思って。


変愛小説集 (講談社文庫)

変愛小説集 (講談社文庫)