『さらば、わが愛/覇王別姫』を見る喜び


 TOHOシネマズをはじめ全国50余の映画館で「新・午前十時の映画祭」が開かれている。今年が第2回目で、年間25の映画を毎回2週間ずつ午前10時から1回だけ上映するという企画、料金は一律1,000円(学生500円)となっている。そのプログラムは往年の名画をデジタルシステムで上映するというもの。私は途中からいくつか見始めて、『スタンド・バイ・ミー』『黄昏』、それに今度チェン・カイコー監督の『さらば、わが愛/覇王別姫』を見ることができた。3つの映画はどれもすばらしかったが、とくに『さらば、わが愛/覇王別姫』は傑作だった。
 チェン・カイコーは昔『子供たちの王様』を見て感動し、同時に毛沢東文化大革命の恐るべき弊害を知ることになった。その監督の、『さらば、わが愛〜』は評判も高く、ぜひ見たいと思っていたが、今回のプログラムに入っていてようやく見ることができた。京劇の俳優二人、男役と女役の兄弟弟子、その二人の愛憎と男役の兄弟子の妻となった女とのある種の三角関係、といっても兄弟子を巡る三角関係なのだが、それに中国の歴史が深く絡んでくる。戦前の日中戦争から始まり、第2次世界大戦の日本の敗退と混乱、中華民国の成立と中国共産党の攻勢による蒋介石の台湾への逃走、文化大革命の混乱などが3人の運命を翻弄する。愛と裏切りと憎悪、それらのアンビバレントが複雑に絡み合う展開。
 見事というしかないチェン・カイコ―の演出、レスリー・チャンの演技。ただ圧倒された3時間弱だった。日本での公開が1993年だったから、見たいと思って20年以上が過ぎていた。
 なんで古い映画を見るのか。それは、たとえばジャズ・ファンなら、ほとんどの人が新作には目もくれないで、マイルス・デイヴィスとかセロニアス・モンクとかビル・エヴァンスのアルバムを繰り返し聴くだろう。新譜を聴く必要はないのだ。良い演奏はほとんど昔録音されているから。同様に小説だって新作を読む必要もほとんどないだろう。だいたい名作とされている作品だって読んでないものの方が多いくらいだ。傑作がそんなにたびたび生まれるはずがない。新作を読んでも外れる方が多いのは当たり前だ。
 映画だって同じだ。毎週毎週公開される新作映画のうち、ほとんどが消えていくだろう。すると、何も新作を追わなくても、古い名作を何度も見直していればいいのではないか。
 今回の「新・午前十時の映画祭」はとても良い企画だと思う。4月に始まったこの企画、もう8か月も経ってしまっているが、3つのグループに分けられた映画館で、それぞれ別のスケジュールで公開されているので、『さらば、わが愛/覇王別姫』に限っても、東京なら4月と7月、それに私が見た今回(11月29日〜12月12日)と3回上映されていて、どこかで見る機会に恵まれるだろう。この後も『旅情』『細雪』『シャレード』『地上より永遠に』『第三の男』なども見たいと思っている。


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