永田和宏『現代秀歌』を読む

 永田和宏『現代秀歌』(岩波新書)を読む。とても豊かな読書体験。永田は1年ほど前に同じ岩波新書で『近代秀歌』を出している。これはその続編。どちらも100首を選んで永田の秀逸な解説を加えている。近代秀歌が31名の歌人の100首だったのに対して、本書では100名の歌人からそれぞれ1首ずつを選んだ点が異なっている。100首ではあるが、関連する短歌をも紹介しているので、実際に取り上げられた短歌は266首にも上っている。これらのうちのいくつかを紹介してみたい。


あの夏の数かぎりなきそしてまたたつた一つの表情をせよ   小野茂
 これを読んで、そうだ別れた彼女ともそうした昔があったのだと、懐かしく思い出した。現在の感情を絶対的なものと考えるのではなくて、実際にこのような「時」があったことを思い出せば、いたずらに憎んだり嫌ったりするのではなく、歴史を波のような曲線を描くグラフのように見通す視点が生まれてくる。豊かな過去がよみがえる。


観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日(ひとひ)我には一生(ひとよ)   栗木京子
 友人のモテ男N君のことを思い出した。


馬を洗はば馬のたましひ冴ゆるまで人恋はば人あやむるこころ   塚本邦雄
 永田は書く。「人を恋うなら人を殺めるほどに恋えというのである。愛の極限は、相手を殺めてしまうほどの激しさにあるというのが、塚本の美意識であった。」


サバンナの象のうんこよ聞いてくれだるいせつないこわいさみしい   穂村弘
 若い歌人に圧倒的な人気のある作家である、と永田が紹介している。資生堂のPR誌『花椿』に女性タレントとの対談が連載されている。甘いマスクで人気のほどがうかがえる。


ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す   宮柊二
 「日中戦争が激しさを増すなか、召集されて中国大陸に渡ることとなった。」とある。突撃隊で敵陣へ侵入し、夜の闇に紛れて奇襲を敢行する。しかし決して銃を撃ってはならない。だから引き寄せて刺し殺すのだ。


血と雨にワイシャツ濡れている無援ひとりへの愛うつくしくする   岸上大作
 60年安保で学生運動に参加した岸上は、しかし失恋して自殺する。わが友人のT君も成田闘争に参加し、失恋して自死するなど同じ道をたどった。数年前にT君の33回忌が行われた。


 「おわりに」で100首の番外として永田の歌が収録される。
一日が過ぎれば一日減ってゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ   永田和宏
 永田の妻河野裕子乳がんが見つかり、すぐ手術したが数年後再発し亡くなった。河野裕子は死の前日まで歌を作り続けた。ペンや鉛筆を持つ力がなくなり、最後の2週間ほどは口述筆記だった。永田は書く。

 死の前日、河野裕子の口を洩れた最後の歌は、次の一首であった。この一首を私が自分の手で書き写せたことを、誇りに思うのである。


  手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が   河野裕子

 短歌は心が直に表される。それも凝縮した表現で。そして『現代秀歌』は何十万首かもっと多くの中から選りすぐられたものが集まっている。とても良い本だ。何度も読み返したいと思う。
 巻末に取り上げられた短歌の索引と歌人の索引が載っている。そのことも大変評価できる。


永田和宏『近代秀歌』を読んで(2013年2月20日


現代秀歌 (岩波新書)

現代秀歌 (岩波新書)