野口悠紀雄『仮想通貨革命』が刺激的だった

 野口悠紀雄『仮想通貨革命』(ダイヤモンド社)を読む。これが大変刺激的な本だった。仮想通貨に関する本を読むのはこれが3冊目だったが、もっとも説得力があり、まさに目の鱗が落ちた思いだ。
 副題が「ビットコインは始まりにすぎない」というもの。ビットコインを中心に話が進められるが、話題は通貨だけにとどまらず社会が大きく変わることが示唆される。
 ビットコインと言えばマウントゴックスの破綻が印象に残っている。麻生財務大臣は「いつかは崩壊すると思っていた。あんなものが長続きするはずはないと思っていた」と語ったという。野口は「崩壊したのは、ビットコインと通貨を交換する両替所の一つにすぎず、ビットコインそのものではなかった」という。「たとえて言えば、(中略)アメリカ旅行から帰ってきて、ドルの使い残しがあった。成田空港の両替所で円にしようとしたら、事故で閉鎖されていた。このことをもって、「ドルは崩壊した」と言うようなものである」と。マウントゴックスが破綻しても、ビットコインの運営そのものには影響が及ばない。
 ビットコインを投資目的にすることは適切ではない。野口は言う。「現在のビットコインは、資産保有手段として用いるにはあまりにリスクが大きい(中略)。ビットコインは、送金手段としては優れた特性を持っていること、それによってマイクロペイメントや国際送金が飛躍的に容易になること、それは新しい経済活動を可能にし、新しい社会を拓く……」と。マイクロペイメントとは少額の支払いのことだ。今までの方法に対してきわめて安価な手数料で送金することが可能になる。「ビットコインはそもそも送金のための手段なのだ」とも言っている。
 野口が繰り返し丁寧に解説しているのは、送金におけるビットコインの安全性だ。電子署名公開鍵暗号についてやさしく解説してくれている(とはいえ、私には難しすぎるが)。
 さらにビットコインに続いて類似のコインが生まれてきている。ビットコイン類似のものが多いが、全く別の構造のリップルコインというのもある。
 ビットコイン電子マネーと似ているが、これらを維持する仕組みはまったく違う。その結果、社会に与える影響は、規模においても質においてもまったく異質なものになる。電子マネーにはSuicaEdynanacoなどがある。プリペイド型のIC型電子マネーが主流だ。これらは現金の変形にすぎない。これの大きな問題は手数料が店舗側の負担になることだ。店舗側からみれば手数料は高いし、運営側からみれば安いので、単独の運営では採算が採れない。それは管理にコストがかかるからだ。さらに電子マネーでは1回限りの利用しかできない。これに対してビットコインでは企業や個人の間を転々流通するので現金通貨と同じになる。ビットコインには管理・運営する主体がないので非常に低コストなのだ。
 野口はビットコインなどの普及によって、われわれの仕事が変わり、社会全体が集中管理から分散管理に変わっていくと大胆な予測をする。それが荒唐無稽でなく、ありうる未来の姿であると納得できそうな主張なのだ。きわめて刺激的で興味深い読書だった。ぜひ多くの人に読んでほしい。


仮想通貨革命---ビットコインは始まりにすぎない

仮想通貨革命---ビットコインは始まりにすぎない