『続ビゴー日本素描集』を読んで

 清水勲 編『続ビゴー日本素描集』(岩波文庫)を読む。ビゴーはフランス人で、明治15年に来日し、18年間の滞日中に数多くの雑誌や画集を出版した。その中に多くの素描を描いている。ビゴーの描いたものは、日本人とその生活、外国人居留民とその生活、日本と極東の政治等の風刺などだという。辛辣なビゴーの素描はかなり厳しいものだが、それからすでに130年ばかり経っているので、何か他人事のように見ることもできる。だが、一面いまでも変わっていない部分もあるかもしれない。本書の構成は素描1葉に対して編者による短い解説が加えられていて、読みやすく面白いものに仕上がっている。


二人の男と一人の芸者が踊り興じている。(中略)髭をはやした男は官員風である。右端にいる眼鏡の男はやり手の商人風だ。役所に出入りする業者が役人を招待しての小宴会だろう。役人もこうしたふるまいからして下級職の感じだ。商人が役所へ大仕事の工作をする図というよりも、日頃のお世話を慰労する雰囲気である。忘年会かもしれない。中央のふんどしの男はすっかり酔いが回った表情で、着物を脱ぎ、踊りに夢中である。

 ふんどし姿はビゴーによってしばしば描かれた。それほど普通の光景だったのだろう。


 成田街道沿いの田園を散策すると妙な光景にお目にかかった。むし暑い真夏のある日、川沿いの細道をカバンをひっかけていく男をビゴーは見かけた。帽子をかぶりシャツを着た男はふんどし姿である。さらによく見ると、足袋をはき下駄をはいているではないか。その男はうちわであおぎながら長い道のりを足早に歩いていたが、暑さで汗がふき出し股間もムレて不快なので、時々左手でふんどしをゆるめてすきまをつくり、右手のうちわで風を送っていた。右足を少し上げるとふんどしのすきまが大きくなるので、時々立ち止まっては片足を上げていた。その珍妙なふるまいを、ビゴーはおかしさをこらえてすばやくスケッチした。

 江戸時代の職人は、厚いさなか、風呂から素裸で帰る途中、役人への申し訳に手拭いを肩にかけていたという。肩の手拭い1本で裸ではないという理屈で、それが通ったのも普段の町人たちが似たような恰好だったのだろう。
 明治時代、混浴は各地に残っていた。明治5年東京府は混浴禁止の通達を出したが、浴槽(浴室ではない)に仕切り板を張り渡す処置をとる程度で、あまり守られなかった。混浴が都市部から消えるのは明治10年代で、しかし地方の温泉では混浴は珍しくもなかった。私も40年前ころ、各地の温泉で混浴を何度か経験している。


 この絵は地方の温泉場でのスケッチであろう。この女性は恥じらいもなく男性たちの前を通り過ぎていく。二人の男の目つきから女の品定めをいていることがわかる。見た者でなくては、こうした目つきは絶対に描けない。

 つぎは教科書にも載っていた有名な絵。


 明治10年代後半から20年代にかけて、日本と清国は朝鮮の内政指導をめぐって対立を続けていた。そんな情況を風刺したのがこの絵である。小国朝鮮を釣り上げようとしている日本と清国。そしてスキあらば横取りしようとするロシア。

 商人が小役人を接待している最初の絵だが、私も取引先の部長を接待して銀座のクラブで飲んだとき、いつも携行しているコニカビッグミニで宴会を撮影したことがあった。後日現像してみたら、トイレットペーパーを頭と顔に巻いて鞍馬天狗に扮している部長の姿が写っていた。
 続編を先に読んでしまった。正編を続いて読んでみよう。



続ビゴー日本素描集 (岩波文庫)

続ビゴー日本素描集 (岩波文庫)