ハインライン『時の門』を読む

 先月、広瀬正『マイナス・ゼロ』を読んだとき、解説にタイムマシン小説ならハインラインの『時の門』だとあった。それで、ハインライン『時の門――ハインライン傑作集4』(ハヤカワ文庫SF)を読んだ。短篇集で、「時の門」ほか7篇が入っている。
 「時の門」は『マイナス・ゼロ』同様に、タイムマシンを物語の設定、大枠に利用しているだけで、あまり評価できなかった。迷路のようなストーリーを作っていて、それが評価されているのかもしれない。
 中では「金魚鉢」という短篇が、興味を引いた。地球上には海洋生物、地上生物、成層圏生物がいて、成層圏生物は人間よりもはるかに進んだ文明に達しているのかもしれないと、囚われて金魚鉢の金魚のようなペットにされているような立場の学者が気づく。ただそれ以上の展開には至らない。その方向に大きく展開したら、スタニスワフ・レムの『ソラリス』の世界に通じていたのに。
 今まで多少はハインラインを読んできたので、以前なら見逃していたどうってことない箇所に気づくことができた。「大当たりの年」という短篇で、世界に小さなささいな異変が数多く現れることが語られる。その現象が最後に大きな破局につながるということが示唆されて終わるのだが、そに異変の一つに服装嗜好倒錯が数えられる。

 服装嗜好倒錯の流行を見るがいい。男女の習慣は、気まぐれなものであるが、文明に深く根ざしたところからでてきたように見えていた。それが、いつくずれだしたのか? マレーネ・ディートリッヒが男ものの服を着たときにか? 1940年代の終わりごろには、女が人前で着られるような男の衣服なんかなかった――それにしても男たちは、いつ、なにをきっかけにして、男女の服装の境目を超えてしまったのだろう?

 これだけ読めば何の不思議もないけれど、ハインラインの『悪徳なんかこわくない』(ハヤカワ文庫SF)を読んだ後では、この問題(服装倒錯)が彼にとってきわめて重要な興味深い嗜好だったことを知っている。ハインラインは性転換症(トランスセクシュアル)だった。それで短篇小説の中へそっと自分の秘められた嗜好を忍び込ませていたのだ。
 さて、「地球の脅威」の中には、「おまけにわたしは、藁熱にかかってしまった」という表現がある。藁熱というのはレムの小説『枯草熱』と同じもので、現在では花粉症と呼ばれている。また「大当たりの年」に出てくる害虫「テンマクケムシ」はオビカレハが標準和名だ。そういえば、本書ではないが、翻訳ものにしばしば現れるイナゴはバッタの誤りだろう。バッタ、とくにサバクトビバッタは時に大発生して農業に大きな被害を与えている。イナゴは稲を食害することはあっても、大発生して集団で行動することはないのだから。


ハインライン「悪徳なんかこわくない」はTSの世界だ(2009年2月1日)