池袋の映画館新文芸坐で先月石橋蓮司映画祭が開かれた。石橋が出演した映画20本を毎日日替わりで2本ずつ連続上映するという企画だった。私はそのうち、『わらびのこう』と『生きてみたいもう一度』を見た。どちらも恩地日出夫監督作品だ。
『わらびのこう』は村田喜代子原作を映画化したもの。江戸時代貧しかった村で、還暦を迎えた老人たちは蕨野という山奥の原野に住まなければならないという掟があった。簡単に言えば深沢七郎の楢山節考の集団版だ。老人たちが集団で山奥の粗末な小屋に住み、木の実や草や魚を捕ったりして生きていく。状況設定は楢山節考に似ているが、集団生活することで大きく異なってくる。特殊な小さな社会が生まれるのだ。乏しい食料を巡って老人たちの葛藤が描かれる。季節は夏から秋に向かっていく。そしてついに雪が降り始める。老人たちがひとりひとりと亡くなっていく。山奥に捨てられた老人たちの社会という特殊な世界で、気づけばそれはわれわれの住む世界となんら変わらない世界なのだ。食べ物を巡る駆け引きや葛藤があり、恋情もある。
石橋蓮司の言葉がパンフレットに紹介されている。一年に及ぶロケで、ベテラン監督の「奇をてらわない、青眼で打ち込んでくる演出」が心地よかったと。ロケによる自然の変化がていねいに映し出され、初夏から夏の青葉、秋の紅葉、初雪と季節の推移が映し出される。その結果、時間のどうしようもない経過が示される。老人たちの最後に向かって映画が進んでいく。
こう紹介すると暗い映画に思われるが、むしろ限られた小さな世界での人間たちの存在が描かれていることが分かる。どんな世界でもその人なりの生き方、実存が示されるのだ。
もうひとつの作品『生きてみたいもう一度 新宿バス放火事件』は30年以上前に新宿で起こった実際のバス放火事件の被害者を描いている。全身火傷で後遺症を抱えた女性が、つらい手術に何度も耐え、事業に失敗したパートナーからは心中寸前まで連れていかれる。しかし彼女は、犯人に罪を背負って生きてほしいと伝え、刑務所まで会いに行っている。この映画も悲惨な事件を描いている。
映画を見た翌日、二つの映画が思い出され、どちらも絵空事でなく、あたかも身近で実際に体験した事件のように自然に感じられたのだった。これが石橋蓮司の言う「奇をてらわない、青眼で打ち込んでくる演出」ということなのだろう。
久しぶりに充実した映画鑑賞だった。
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