木下長宏『ミケランジェロ』(中公新書)を読む。ミケランジェロといえば、ルネッサンスの彫刻家として何となくわかっているような気がしていた。考えてみたら、羽仁五郎の岩波新書『ミケルアンヂェロ』を読んだのはもう40年以上前だし、ミケランジェロを描いたキャロル・リード監督の映画『華麗なる激情』を見たのも同じくらい昔のことだった。当たり前に知っているような気がして、改めてミケランジェロについて学んだことがなかった。
今回、本書を読んだことで、自分がミケランジェロについていかに知らなかったが分かり、とても勉強になった。はじめにレオナルド・ダ・ヴィンチとの比較が語られる。レオナルドは絵画を彫刻より上に置いたが、ミケランジェロは自分は彫刻家だと思っていた。
ミケランジェロは20代にしてすでに「ヴァチカンのピエタ」と「ダヴィデ」を彫り上げていた。若いころを代表する作品で、古典的完成度を示している。
ミケランジェロは彫刻家を自認していたが、ローマ法王ユリウス2世からシスティーナ礼拝堂の天井画「天地創造」の制作を命じられる。木下はその「天地創造」の個々の場面を詳しく紹介し、旧約聖書との異同を指摘しながら、ミケランジェロの意図を推察していく。単に図版を示して解説しているだけではないのだ。読者は強い好奇心をそそられる。
さらにミケランジェロが58歳のとき、ローマ法王クレメンス7世から、同じシスティーナ礼拝堂に「最後の審判」を描くことを命じられる。縦17m、横13m余の大きな壁だ。木下はこの「最後の審判」についても、その図像を詳しく分析していく。描かれている大勢の人物の名前を明かし、聖書と異なるミケランジェロの解釈を指摘する。
ついでミケランジェロの建築の成果と、さらに詩作についても語られる。最後に晩年に制作した3つのピエタにつて、これまた詳しく紹介している。3つとは、「フィレンツェのピエタ」「パレストリーナのピエタ」「ロンダーニのピエタ」だ。ロンダーニは未完成だが、木下は高く評価している。
ただミケランジェロといえばマニエリスムとの関係が欠かせないと思うのだが、本書でそれに触れているのは、あとがきの中で1か所だけ、次のように書かれているだけだった。
「囚われ人」や「勝利者」を例にあげて、ミケランジェロが弟子に言ったという「ピラミッドのように、蛇のように渦巻く像にしなければいけない」という言葉を引用し、ミケランジェロはこうしてマニエリスムの始祖となった、と言ってみても、これは作品そのものと向き合うのを避けて、余所にある言葉を適用して解ったつもりになっているだけではないか。もっと、彼の作品が表現している形や動きそのものからみつけだせる言葉はないのか。
それでもミケランジェロがマニエリスムの始祖になったという美術史の見解は定説だろうから、その側面に触れていてもよかったのではないだろうか。しかし、最初に書いたとおり、とても優れたミケランジェロ論だと思う。あとは本文中の図版がカラーだったらと、これはないものねだりを言うしかない。新書という小さな本でありながらきわめて充実した内容だと思う。
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