鬼海弘雄『世間のひと』を見る

 鬼海弘雄『世間のひと』(ちくま文庫)を読む〜見る。鬼海が40年にわたって撮影した世間のひと=普通の人のポートレイト集。鬼海は浅草寺の境内で、長年にわたってハッセル・ブラッドというブローニー判のフィルムを使う中型カメラで道行く人のポートレイトを撮ってきた。本書はその集大成とも言える写真集。
 普通の人と書いたが、実は普通の人ではない。鬼海は変な人だけを撮っている。1973年から撮り始め2013年までの400枚以上の写真が載っているが、ちょっとだけ変な人図鑑と言ってもいいくらいだ。

 ここに紹介するのはP.70とP.71の見開きページ。2枚の写真のキャプションは、右が「中国製カメラ〈海鴎〉を持った青年 1986」、左が「40歳になったと話す、15年前に中国製カメラを持っていた男 2001」となっている。つまりこの2枚の写真は同じ人物だった。
 こんな調子で全ページ続くが、写真のキャプションが短いけれど面白い。
「あかざ(雑草)から自作した杖 1973」
  千葉県では昔アカザで杖を作ったと聞いたことがあったけど、こんなに太いんだ!
「50円硬貨をネックレスにしているアパッチと呼ばれる男 1985」
  素肌にベストを羽織ったくたびれた初老の男が写っている
「四個の時計をする男 1987」
  太い眉をしてうらぶれた感じのやっぱり少し変な男
「以前は、ハーレーダビッドソンを乗り廻していたという男 1995」
  帽子に派手なメガネ、つっぱり爺さんだ
「貯金通帳を見ていた女性 1986」
  この人、男だと思った
「タトゥシールを買いに来たというゲイバーの人 1995」
  派手な恰好をしているけど、暗い店内だったら通用するのか
ハンフリー・ボガードのファンだという男 1994」
  帽子にコートが決まっているけれど、素顔はしょぼい爺さんだ
「製本工 1987」
  この後も、1990、1991、1992と並ぶが、初老の男だったり女装だったりする
「出掛けにマジックインクで白髪を染めたと話す人 1993」
  中身が詰まったショルダーバッグを肩から斜めに掛けている
「宮大工の娘だというひと 1995」
  そうか、この人小母さんなのか、小父さんかと思った
「たくさんの衣装を持ったお姐さん 1991」
  この女性も、この後2001、2002、2003、2011と、年に4回撮られたこともあり、9回も登場する。最後は路上のいつも居た「場所」で亡くなったとあるから、ホームレスだったのか
「青森刑務所で短歌を詠むことを覚えた男 2003」
  この人は前科者には見えない
「私の訛に、亡くなった友人を思い出し泣き出した男 1999」
  著者鬼頭は1945年山形県生まれで、東北の訛りはみな分かるという
 登場する人物をちょっと変な人と書いたが、むしろ何かオーラを持った人たちというべきかも知れない。これらのモデルを発見したことが鬼頭の才能のひとつだろう。とても面白い写真集だ。



世間のひと (ちくま文庫)

世間のひと (ちくま文庫)