ブーイサック『ソシュール超入門』を読む

 ポール・ブーイサック『ソシュール超入門』(講談社選書メチエ)を読む。タイトル通りの言語学者ソシュールの思想に関する分かりやすい優れた入門書だ。ソシュールは1910年〜1911年にかけての学年度に一般言語学講義を週2回行った。それは1年おきに行ってきた講義の3回目で、受講生は12名、講義を終えたあと病気が進行し2度と大学に戻ることなく1913年に亡くなった。
 ソシュールは一般言語学講義を行ったものの、ついにそれを出版することはなかった。亡くなったあと受講生たちの講義ノートソシュールのノートの断片などから再構成して、1916年同僚のシャルル・バイイとアルベール・セシュエが『一般言語学講義』をソシュールの名で出版した。
 本書『ソシュール超入門』はまずソシュールの最後の講義を再現する。具体的な日付を挙げて、その日のソシュールがどんな様子で何を語ったかを再現している。それは1910年10月28日から1911年7月4日まで及ぶ。その一番最後の講義の様子は、

 ソシュールはここで、前に使った「シニフィアン」と「シニフィエ」に触れる。


「この二つは、存在論的に自立しているわけでも、分離しているわけでもありません。シニフィエシニフィアンと独立して決定されているわけではありません」。


 意味というものが独立して存在しているなら、別の言語への翻訳は簡単な作業になるだろう、と教授は述べる。また、動詞やその相が示す範囲がすべての言語において同じでないし、だからこそある文法システムから別の文法システムに移る際には心理的な負担がかかるのだ、という点も指摘する。


「究極的には、ことなる概念のセットに結びつけられた音声の差異のセットとしての言語システム全体というものを考えなければなりません」。


 講義は締めくくられた。ソシュール教授はためらいの表情を見せている。一貫した結論を述べずに終わってしまった。学年度の最初に提示したプログラムを完結させるには時間が足りなかった。振り返ってみれば、言語の外面的な部分、言語の多様性については、概ね伝えることができたと考えている。しかし言語の内面的な部分、進化言語学、すなわちパロールを扱う言語学、言語の力学については、静的言語学の一般原則に時間を割いているうちに、触れられなくなってしまった。これらの原則についてももっと掘り下げる必要があったのだが。

 この最後の年の講義の再現で、ソシュールのおおまかな思想が理解できるように構成されている。ついで3つの章でソシュールの伝記が語られる。その後の3つの章のタイトルが、「科学としての言語学−−ソシュールによるラングとパロールの区別」「記号、意味作用、記号論」「共時態と通時態」となっていて、ソシュールの重要な概念が解説されている。
 ソシュールの講義やノートからソシュールの思想が再構成されていったが、受講生だったエミール・コンスタンの最良の記録が1950年代後半になって発見された。本書の最終講義の再現もそのノートをもとに構成されている。
 超入門と冠を付されているように大変分かりやすいソシュール入門書だ。難解なソシュール言語学がわずかながら理解できたような気がする。ただ構造主義記号学の端緒となった側面や、その展開については詳しくは触れられていない。それだけ一層ソシュールの基本が記されている。優れた入門書だと思う。



ソシュール超入門 (講談社選書メチエ)

ソシュール超入門 (講談社選書メチエ)