世田谷美術館の「桑原甲子雄の写真」展が良かった


 世田谷美術館で「桑原甲子雄展の写真」展が開かれている(6月8日まで)。これがとても良かった。桑原は1913年に東京下町に生まれ、2007年に亡くなった。展覧会のちらしから、

戦前期、生まれ育った東京の下町をアマチュア写真家として撮り歩いた桑原甲子雄。戦後は写真雑誌の編集長を歴任しますが、やがて再びカメラを持ち、また若き日の作品が再評価され、1973年、還暦で初個展を開催します。以後、『東京昭和十一年』『東京長日』など、新旧の作品による写真集の出版や展覧会が相次ぎ、桑原は写真家として改めて脚光を浴びました。
 「ごく私的な記念写真」と自ら語ったとおり、彼の写真はいわば日々のメモやスケッチでした。二・二六事件発生の1930年代半ばから、バブル景気に沸く1990年代初頭まで−この間の東京の変貌を伝えつつ、不思議に変わらぬみずみずしさを湛える作品は、今も私たちを惹きつけてやみません。
(中略)本展は、その(当館の)豊富なコレクションからモノクロおよびカラープリント約200点を紹介する回顧展です。(中略)東京を中心に据えながら、満州・パリでの作品と諸資料を視野に入れ、60年におよぶ桑原の仕事の全体像を見渡すのは本展が初めてです。

 桑原の写真は1970年代頃からしばしば雑誌にも紹介され、写真集も発行されて、スナップ写真が小さな風景を通して時代を語ることができる面白さを教えてくれていた。演出されたのではない、しかし決定的瞬間を撮ったのでもないスナップがこんなに面白いと知ったのは桑原の写真からではなかったか。そのことを何ら言挙げしないで淡々と見せてくれた。
 今回の回顧展で桑原の仕事の全体像を見ることができて、改めて桑原の大きさを知らされた。とても面白い有意義な写真展だった。

 展覧会は4つのテーマで成り立っている。「イントロダクション」は1936年〜1938年に撮影された写真が展示されている。ちらしの表紙になっているのが1936年の二・二六事件翌日の写真だ。「和服のトンビの下からめくら写しした。戒厳令下で憲兵の眼がうるさかった。〜」とある。大きな事件に関係する唯一の写真ではないか。それ以外は下町の日常生活が写しとられている。
 ついで「1930−1940年代」。有楽町日劇は、もう20年ほどになるのか取り壊し前の姿と少しも変わらないビルが写っているが、掲げられた幕には「森の石松」「人生初年兵」「御入場料各階共五十銭均一」と書かれている。1935年の浅草公園六区の写真は小僧の服装が帽子に着物、風呂敷包みを持っていて時代が顕著に表れている。
 「1960−1970年代」。戦後再びカメラを手にした頃のもの。池袋西部デパート屋上ではOLたちがベンチに座っている。髪型が時代を感じさせる。背後に加山雄三主演の映画ポスターが貼られている。桑原はこの頃パリに出かけていて、パリでのスナップも展示されている。
 最後のセクション「1980−1990年代」。駒込駅の女子高生のスナップ、目黒駅のホームの写真、新宿三丁目の街角では男女がキスをしている。カラー写真が撮られる。渋谷の道玄坂の一角は看板を除けば今も変わらないように見える。駅の売店を撮った写真は並んでいる雑誌の種類が少し今と変わっているかもしれない。
 とても良い優れた写真展だと思う。
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桑原甲子雄の写真:トーキョー・スケッチ60年」
2014年4月19日(土)→6月8日(日)
10:00−18:00(毎週月曜日休館)
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世田谷区美術館
東京都世田谷区砧公園1-2
ハローダイヤル03-5777-8600
http://www.setagayaartmuseum.or.jp/