『半藤一利と宮崎駿の腰抜け愛国談義』を読む

 『半藤一利宮崎駿の腰抜け愛国談義』(文春ジブリ文庫)を読む。気持ちの良い読書だった。こんな嫌な世に少し元気をもらった気がする。
 宮崎駿が誰かと対談をと言われて指名したのが半藤一利だった。半藤は『となりのトトロ』と『紅の豚』しか見ていないという。対談は2回、半藤が『風立ちぬ』を見る前と見た後に行われた。決まったテーマがあるわけではなく、むしろ雑談に近い。二人とも戦闘機や軍艦が好きでやたら詳しい。対談でおもしろかったところを抜き書きする。

宮崎  じつはいま(2013年8月31日まで)所沢の「所沢航空発祥記念館」にアメリカ人所有の零戦が展示されています。所沢市が「おまえ、零戦好きだろう。見に来い」というんです。「見に来たらコックピットに座らせてやるぞ」などと甘言を弄しましてね(笑)。だけど、ぼくは行かないんです。北米インディアンの斧、トマホークを集めた白人主催の展覧会に、インディアンが見に行くか、と言いたい。

 宮崎は博物館に並んでいる飛行機は死体みたいな気がするという。靖国神社遊就館に入っている戦後復元した零戦も興味がないらしい。
 日本の防衛について半藤が言う。

半藤  つくづく思うのですが、この国は守れない国なんです。明治以来日本人はこの国を守るためにはどうすればいいかということを考えた。だれもがすぐ気づいたのは、「守れない」ということだったと思います。なにしろ海岸線が長い。世界で6番目に長い。アメリカよりもオーストラリアよりも長いんです。しかも真ん中に高い山脈がダーッと背骨のように通っていて、国民のほとんどが海岸沿いの平地に暮らしている。ですから、敵からの攻撃にそなえて人間を守るためにはものすごい数の軍隊が必要となるんです。北海道に敵が上陸したとき、これと戦うために九州から飛んでいく、というのでは間に合いませんからね。要するに防御はできない。ならばこそ、この国を守るためには攻撃だ、ということになったんですね。
 この国では、「攻撃こそ最大の防御」という言葉がずいぶん長いあいだ支配的でした。まあ、現在もそう思っている人はたくさんいますがね。ところが攻撃こそ最大の防御という考え方は、「自衛」という名の侵略主義に結びつくんですよ。近代日本の最大の悩みは、まずそれがあったと思います。
(中略)
そして、戦争に負けてからこっち、何十年ものあいだにこの長い海岸線に沿って原発をどんどんおっ建てた。
宮崎  なにしろ福島第一原発ふくめ54基もあるんですから、もうどうにもなりません。
半藤  そのうちのどこかに1発か2発攻撃されるだけで放射能でおしまいなんです、この国は。いまだって武力による国防なんてどだい無理なんです。

 そして中国の動向が語られる。

宮崎  問題は、これからですね。東アジアの情勢が世界の情勢を大きく左右すると思います。中国の動向というのは世界の運命ですよね。
半藤  ほんとうですね。
宮崎  ぼくはいずれ中国の共産党政権は崩壊すると思っているんです。でも、それは平和になるなんていう意味じゃなくて、大混乱時代になると思うんです。

 2回目の対談で、半藤がドイツ人は親日的ではないと発言していて驚いた。むしろドイツは黄禍論の本場だという。宮崎も、むしろ日本嫌いかも知れないと答えている。

半藤  (……)それにしてもなぜ日本人は、とりわけ海軍軍人がドイツにあんなに入れ込んだのか。
宮崎  ほんとに不思議です。
半藤  なので私、「日本海軍はなぜ親独になったのですか?」とずいぶん関係者に聞いたんです。するとみなさん「どちらもほぼ単一民族だし、規律正しいし、後進国家であったし」などととってつけたようなことばかり言う。ところがあるとき某海軍士官がポロッと漏らしたんです。「ハニー・トラップだよ」と。つまりドイツに留学をしたり、駐在していた海軍士官に、ナチスは女性を当てがったと言うんです。
宮崎  あ、そうだったんですか。「ハニー・トラップ」。凄い言葉ですね。

 将来のアジア情勢についても興味深い発言があった。

半藤  これはちょっと生臭い話ですけど、尖閣の問題、あれを棚上げしたほうがいいという意見があります。私もそう思うんですけどね。それに対して、棚上げしたら結局は将来に問題を先送りすることになるじゃないかと反論する人がいる。でも、私は最近思っているんです。30年もたてば、世界には国境がなくなるのじゃないかと。
宮崎  ああ、やっぱり。ぼくもそう思います。
半藤  まだうまくいっていませんが、それでも東アジアが向かうべきはEUのような方向ですよ。
宮崎  ええ。それしかないですね。

 将来には希望がないと思っていたのに、何だかほんの少し期待してもいいのかと思えた。気持ちの良い読書だった。『風立ちぬ』も見てみよう。