清水邦夫の芝居『ぼくらは生まれ変わった木の葉のように』を見て

 高校の時の親友が清水邦夫のファンだった。高校を卒業してしばらく経ってから、彼に勧められて清水の『狂人なおもて往生をとぐ』を読んだ。よく分からなかった。ついで清水の処女作『署名人』を読んだ。これまたなにが面白いかよく分からなかった。
 初めて清水邦夫の芝居を見たのは1983年の『エレジー』だったか、翌年の『タンゴ・冬の終わりに』には圧倒された。蜷川幸雄の演出だった。みごとな芝居で、私の中で今でもこれがベストだ。その後も『夢去りてオルフェ』『弟よ』『哄笑』『冬の馬』『わが夢に見た青春の友』など清水の追いかけをやった。『弟よ』は坂本竜馬が亡くなったあとの世界を描いてこれまた絶品だった。『哄笑』も良かった。高村光太郎と精神病院へ入った智恵子を主人公にして、迫ってくる戦争の暗い影を描いていた。美空ひばりとアヌイの『ひばり』を合わせた『ひばり』が予告されて前売り券を買ったが、戯曲が完成しなくて切符は払い戻されたこともあった。
 2006年に清水の主催する木冬社の小さなホールを使って、1958年に書かれた処女作『署名人』が上演された。こんなに面白い芝居だったのかと驚いた。私は戯曲を読んで芝居を想像する能力に欠けているようだ。チェホフも芝居ではなく短篇が優れていると思っていた。実際に芝居を見るまでは。
 『署名人』が上演された直後に、ハヤカワ演劇文庫から清水の初期の戯曲集が出版された。『署名人/ぼくらは生まれ変わった木の葉のように/楽屋』という3作が入っていた。相変わらず戯曲を読んでもやはり『ぼくらは〜』も『楽屋』も面白さがよく分からなかった。
 数年前テレビで『楽屋』を見ることができた。本当に面白かった。つくづく私は戯曲が読めないんだと、昔カミさんに指摘されたことを再確認した。さて、『ぼくらは生まれ変わった木の葉のように』は見る機会がなかった。それが今月の初めにPlatfomというパフォーマンスの集団がアートシアター上野小劇場で上演した。演出は嶋拓哉、登場人物は女性3人男性2人、計5人の内、1人の女性を男優が演じていた。小屋は小さく、客席数24人で補助席を入れても30人未満だった。このように台本に基づいて演じる芝居を、即興演劇界では「台本芝居」というと配布されたちらしに書かれていた。
 『ぼくらは生まれ変わった木の葉のように』は見終わって本当には面白さが分からなかった。役者は熱心に演じているし、台本が大きく変更されているわけでもない。私には戯曲そのもに問題があるのか、演出に問題があるのか分からなかった。ただ、戯曲を読むのと、目の前で役者が演じているのを見るのは決定的に違うだろう。本当には面白さがわからなかったと書いたが、清水邦夫の芝居に対して過剰な期待があることは事実だ。そういう意味では実際に役者が演じている芝居を見ることは楽しかった。
 清水の戯曲には古今東西の芝居の芝居の台詞が引用されている。今回も『ハムレット』や『オセロー』が使われていた。役者たちの口からそれらの台詞を聞くことも楽しい経験だ。
 私の席は前から2列目だった、舞台まで数mの近さ。役者の声がやけに大きく聞こえていたのはマイクを使っていたのだろうか。