フランスの詩人ジュール・シュペルヴィエルの詩「動作」。小海永二 訳
動 作
うしろをふり向いたその馬は
今まで誰も見たことのないものを見た。
それから ユーカリの木のかげで
牧草を食べ続けた。
それは人間でも木でもなかった。
それは一頭の牝馬でもなかった。
葉の茂みをざわめかせた
風の名残りですらなかった。
それはもう一頭のある馬が、
その時より二万世紀ものむかし、
急にうしろをふり向いた
ちょうどその時に見たものだった。
そしてそれは、この地面が、
腕も、脚も、頭もない
彫像の残骸にすぎなくなってしまうその時まで、
人間も、馬も、魚も、昆虫も、
誰ひとりふたたび見ることのできないものだった。
小海永二 編・訳『現代フランス詩集』(土曜美術社)より。初版1989年だが、元版は彌生書房から同一書名で1978年に発行されたとあとがきにある。
同じ詩を安藤元雄が訳しているものが、筑摩書房のPR誌『ちくま』2013年9月号の井坂洋子のエッセイ「原詩生活 脱地球へ」に紹介されていた。こちらの方が訳も洗練されているようだが、小海の本を買って読んだのが24年前になるから親しみがあるのだ。
その安藤元雄 訳の「動作」
動 作
その馬はうしろを振り向いて
誰もまだ見たことのないものを見た。
それからユーカリの木の陰で
牧草をまた食べ続けた。
それは人間でも樹でもなく
また牝馬でもなかったのだ。
葉むらの上にざわめいた
風のなごりでもなかったのだ。
それは もう一頭のある馬が、
二万世紀もの昔のこと、
不意にうしろを振り向いた
ちょうどそのときに見たものだった。
そうしてそれはもはや誰ひとり
人間も 馬も 魚も 昆虫も
二度と見ないに違いないものだった。大地が
腕も 脚も 首も欠け落ちた
彫像の残骸にすぎなくなるときまで。
この詩を新年に挨拶に代えて。
- 作者: 小海永二
- 出版社/メーカー: 土曜美術社
- 発売日: 1989/01/25
- メディア: 文庫
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