板橋区立美術館の「発信//板橋//2013 ギャップ・ダイナミックス」を見る

 東京の板橋区立美術館の「発信//板橋//2013 ギャップ・ダイナミックス」を見る。本展は丸山芳子と丸山常生(夫妻)がコミッショナーを務め、大矢りか、金沢寿美、任田進一、中津川浩章の6名の美術家が参加して開かれた。パンフレットの冒頭に置かれた丸山芳子の企画案たる「新たな始まりのために」から引く。

 成熟した森の中、大樹が周囲の木々を巻き込みながら倒れ、森の頂きにぽっかりと出現する大きな穴のことを「ギャップ」という。TV番組がこの現象をサラリと紹介したとき、私の好奇心がざわめいた。森の頂きに残される、少し前まで存在した樹のネガのかたち、ギャップによってそれまで暗かった森の底に光が届き、満を持し待機していた樹木が発芽し、様々な植物群がダイナミックに移り変わりながら、やがてもとの森の平衡状態に戻っていく過程、それが「ギャップ・ダイナミックス」だ。
 2011年以前の社会を森に例えるなら、3.11は、地響きを立てて樹々を倒し、巨大なギャップを空けた。その後の混乱の中で、人々の内なる意識に徐々に光が射し込み、多くの人が良心によって行動し、信条を正直に語り始めた。社会につけられた傷とも風穴とも言えるギャップに、アーティストたちがどのように働きかけ、新たな発芽の端緒を切り開いていくだろうか?

 6人が展開した作品は、丸山芳子の問いかけに見事に応えたものだ。6つの多様な表現が、ひとつの問いにきっちりと応えている。丸山夫妻の作家の選定が妥当であったこと、そして作家たちの力量がそれを実現した。
 各作家についての丸山芳子の的確な紹介を引用する。
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 大矢りかについて

 展覧会の地で収集する木や土などの自然素材でつくる泥舟には、制作現場の環境や人々との関わりが織り込まれていく。その地から生まれ、再びそこへ還っていく存在のはかなさと、見る者が今生きていることを実感させる。

 美術館の玄関前に展示されている「立ち尽くす木」。屹立する樹木の根本に、半ば朽ちかけているような泥舟が樹木に寄り掛かるかのように置かれている。作品に寄せた大矢りかの言葉。

木は立っていた。/絶望の中で
静かに、木は立っていた。/季節がめぐり、/甘い希望が忍び込んできても
深く、木は立ち尽くしていた。/絶望があいまいになっても
絶望もせず、甘い希望も抱かず。/深く静かに、木は立ち尽くす。

 大矢りか:1957年、東京生まれ。東京造形大学彫刻専攻卒業、日本大学芸術学部彫刻科修了。
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 金沢寿美について

 社会制度とそこに関わる人間の意識に焦点を当てるインスタレーションを作る。素材の形状の柔和さと、個の人間性に迫る物語を含む構成が、作品を豊かにしている。

 2階展示室ロビーいっぱいに、窓から白いレースのカーテンが垂れ下がり、床や壁には壊れたタイルの破片が散らばっている。阪神淡路大震災の時、神戸に住んでいた金沢の家が燃え、母がこだわった高価なレースのカーテンが火に包まれて空へ飛んでいった。家は全焼し、家族は体育館に避難した。金沢のインスタレーションは、ロビーにカーテンを拡げタイルの破片を展示するだけで、地震の悲惨な情景を彷彿とさせている。
 金沢寿美:1979年、神戸市生まれ。京都精華大学大学院芸術研究科博士課程修了。
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 任田進一について

 水中に浮かぶ土球がしだいに崩れて行く様子や、水中に噴出した土やミルクの形態などの写真による表現は、素材そのものを越えて、原初的な、存在の本質に迫る鋭さがある。

 震災後、瓦礫の中から見つけ出された写真は汚れ傷ついていた。任田は撮影したスナップ写真にコンピュータで加工し、部分的に不鮮明な写真作品を作成した。日常のすぐ近くに災害が潜んでいることを暗示しているかのようだ。
 任田進一:1971年、神奈川県生まれ。武蔵野美術大学卒業。
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 中津川浩章について

 ブルーバイオレット1色で繰り返し引かれた線の集積による絵画は、理想郷や彼岸のような、光に満ちた静寂の地を感じさせる。身障者や被災者支援としてのアート活動の経験を通して他者の痛みを知る感性が、印象深い表現に結実している。

 中津川は、現在日本の画家の中で最も優れた仕事をしている一人だと思う。もっともっと評価されて然るべき画家だと断言できる。
 中津川浩章:1958年、静岡県生まれ。和光大学卒業。
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 丸山常生について

 頭蓋骨モデルや地球儀、椅子などをしばしば用い、脳内と環境、存在と崩壊などの、双方を行き来する眼差しによるインスタレーションやパフォーマンスで、社会に対する際どい視点を浮き彫りにする。

 部屋の中央に逆さまにされて少し壊れた机が置かれ、その上に模型のような小さな古い家が載っている。周囲の壁にはたくさんの小さな穴が開けられ、そこから覗くようになっている。壁の向こうには板橋区立美術館が収蔵する古い絵画が並べられている。資料によれば、1910年頃の萬鉄五郎から中川一政、林武、松本竣介、駒井哲郎など、新しいもので1963年の山下菊二まで、戦争を挟んだ30点ほどの絵画作品が選ばれている。小さな穴なので、作品はその一部がやっと見えるばかりだ。室内に作られた廃墟と、管見される過去の作品の数々。分かりそうで今一歩分からなかった。
 丸山常生:1956年、東京都板橋区生まれ。東京芸術大学大学院美術研究科修了。
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 丸山芳子について

 生物としてのヒトと、他者と共生する社会的な人間。このふたつの視点から、社会、歴史などの事象に人の心理を推察し、人間性や人間の本質を読み解く試みを重ね、インスタレーションや絵画によって視覚化する。

 一室にチョウかあるいは蛾の巨大な蛹を作っている。レースのような布で覆われた蛹の中は覗きこむことができるが、木か竹でできた枠組みと布が張られ、小さなプリズムが置かれている。カタログに丸山芳子のテキストが載っていて、制作意図を知ることができる。

春のある日、サンショウの葉にアゲハの卵を見つけ、観察を始めたその生態は驚きと不思議に満ちていた。変化に富む行程の中でとりわけ不思議なのが、青虫から蝶になる間のサナギの時期だ。自ら吐いた糸で枝に掛けられた古代エジプトの王の棺のような体は、這い回る幼虫期とは異なり、死んだように無反応になる。実は、その内部では、全く異なる体に生まれ変わるために、青虫の体がドロドロに解体される大改造、つまり細胞の死と生成とが同時に進行しているらしいのだ。脳死のようなサナギ期を越えて、殻を破り、羽をつけて現れたアゲハが、澄んだ明けの空に消えて行った。それは3.11以降、変わろうともがいている私たち人間に、アゲハが身をもって示した”生まれ変わる手本”のように思える。
(中略)「イキルコトハ、ナンニモフクザツナコトデハナインダヨ。」そう、教えられた気がした。

 昨年12月、東京青山のトキ・アートスペースで見た個展も「サナギのとき」と題され、小さなサナギの立体を展示していた。
 丸山芳子:1957年、福島県生まれ。創形美術学校造形科卒業。
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「発信//板橋//2013 ギャップ・ダイナミックス」
2013年11月26日(火)−2014年1月5日(日)
9:30−17:00(月曜日休館)
年末年始休館(12月29日−1月3日)
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板橋区立美術館
東京都板橋区赤塚5-34-27
電話03-3979-3251
http://itabashiartmuseum.jp
地下鉄都営三田線「西高島平」駅徒歩13分