藤森照信×山口晃『日本建築集中講義』(淡交社)がすごく面白い。近代建築史が専門で建築家でもある藤森照信を先生に、画家山口晃が日本の名建築について講義を受けるという本。取り上げられたのは古くは法隆寺から新しいものでは昭和初期に作られた大山崎の聴竹居まで13の名建築。淡交社発行の月刊誌『なごみ』に2012年に1年間連載されたもの。
まず標題とは異なり、ちっとも集中講義にはなっていない。先生は気に入らない建築は素通りしてしまう。ところがそれを山口が軽妙に補完する。構成は二人が建築を見て回り、その後喫茶店などで対談する。山口が建物や案内してくれた人のことなどをマンガでおもしろく紹介する。最後に、いま見てきた建築について二人が簡単なアンケートに答えるというもの。そのアンケートのいくつか。
Q1 今回見た建物の中で一番印象深かったモノ・コトは?
(法隆寺:山口)床がコンクリート
(聴竹居:藤森)窓の枠の面取り・ここまでやるか!
(修学院離宮:藤森)マンリョウの赤い実がこれほど透明感を持つ赤とは。
(西本願寺:藤森)書院造の力強くて派手でしかも風格のある空間を、初めてゆっくり味わうことができた。
Q2 今回の見学で印象深かったことは?
(法隆寺:山口)先生はせっかち
(松本城:山口)お昼ごはん、おいしうございました。
Q3 ずばり、○○をひと言で表すと?
(聴竹居:藤森)完璧、スキなし。
(聴竹居:山口)やってみたかったんですね
(修学院離宮:藤森)最後の浄土。
(修学院離宮:山口)王朝テーマパーク。
(旧閑谷学校:藤森)素材美
(三渓園:藤森)東の桂(離宮)
藤森先生の講義の内容は、旧岩崎家住宅について、
山口 洋館についてはどうでしたか?
藤森 あんなに見学者が多いと思わなかった。……って、なんか話がまた小姑化しそうだな(笑)。
山口 僕は、それがすごく聞きたくって。ぜひうかがいたいです(笑)。
藤森 やっぱり、洋館は造形がうるさかった。
山口 あっはっは。
藤森 外観も内部もいろいろやりすぎてる。コンドルはあの時期ぐちゃぐちゃやりたかったんじゃないかな。旧岩崎邸は本格的な洋館としては三番目くらいに建てたものだし、あと、宮家の邸宅をいくつか造っていて。そういう意味では、コンドル先生は脂のガンガンのりきった時期だったはず。豪華なヴィクトリアン・ゴシック仕込みの建築家だから、根がいろいろやりたい人なんだと思う。
大山崎の聴竹居について、
藤森 聴竹居って、モダンな建築に和風を取り込んだ最初の建築なんですよ。書院造と並び、「数寄屋造」が江戸時代から伝統的な木造住宅の基本になっていますが、それを「どう近代化するか」が住宅研究のテーマでした。(中略)その難題と最初に取り組んで大きな成果を上げたのが、藤井厚二(1888〜1938)という建築家。彼の最高傑作が聴竹居。山口さんは何か気になりました?
山口 え? ええ、ご覧になっているときのセンセイが少々辟易してらっしゃる風に見えて……。
藤森 わはははは(藤森センセイ、大爆笑)。
山口 それがとても愉快でした。
藤森 辟易、しますよね。聴竹居には何度も行ってますけど、僕が最初に辟易したのは、応接間の柱状の竹。一応茶室のイメージで応接間を造っていて、小さな枝をわざわざ二つ続けて残したり、並びが几帳面すぎてちょっと辟易した。自分だったらそこまで計算しないのに。
山口 ええ。
藤森 それと、窓枠の面取り。窓枠を細くする際に、ただ細くするだけでなく、うんと細く見せるために丁寧な面の取り方をしている。ちょっと角面を取ると影ができて細く見えて、たしかにシャープに見えるけど、場所によっては線一本残してるって感じで。
山口 その説明を聞いた時に、センセイが「やったねぇ〜〜」っておっしゃったのが印象的でして。
藤森 作品を見るのはいいけど、こういう建築家とは友達にはなりたくないね。効果はともあれ「そこまでやるか!」って。これがハンコの縁だったら小さいから気にならないけど、窓枠一面に丁寧に細工したハンコが並んでると思ったらハンコ屋もびっくりですよ(笑)。でも縁側のソファーに座って窓額の中から見た景色はすばらしかった。
(中略)
聴竹居レベルまで徹底して造るって、何かに取り憑かれた境地だと思います。だって、普通ならやってる本人が息が詰まる。どこ見ても全部工夫だらけで、普通の人がやらないような工夫がいっぱいしてあって、あのさ、めちゃくちゃデッサンがうまくて有名な藝大の先生っていましたよね。合唱する女学生たちを描いた……。
山口 小磯良平でしょうか。
藤森 そう。もう、ヤだよねえ(笑)。
兵庫県神戸市の箱木千年家は現存最古とされる室町期の民家。その箱木千年家について、
藤森 民家の一番大きな特徴は、人間の無意識の領域で造られた建築であること、なんですよ。
山口 無意識、ですか?
藤森 意識の領域で造られた建築は、時代の思想とともに変化していくんです。寺とか神社とかがそう。でも、民家は無意識で造られているから時代の思想の変化の影響を受けにくい。だから』古いかたちのままずーっと続くんです。じゃあ民家の背景に何があるかっていうと、習慣です。習慣って普段意識しませんよね。たとえば、自分がどっちの足から歩き出すかなんて、いちいち考えないでしょ。
こんな調子でとにかく面白かった。取り上げられている建築は、法隆寺、日吉大社、旧岩崎家住宅、投入堂、聴竹居、待庵、修学院離宮、旧閑谷学校、箱木千年家、角屋、松本城、三渓園、西本願寺。本書に対して唯一の不満は、建築のカラー写真が表紙の法隆寺五重塔を除いて全くなかったこと。コストの問題なのだろうが、せめて口絵に小さくでもよいから載せてほしかった。
しかし、このコンビ最高! また続編を読みたい。
- 作者: 藤森照信,山口晃
- 出版社/メーカー: 淡交社
- 発売日: 2013/07/24
- メディア: 単行本
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